春野は、きれい好きのくせになんでいつも毛玉ができたセーターを着ているのだろう。
他愛もない疑問だが、聞くと何かディープな話に巻き込まれそうな気がする。…そうか、だからみんな春野に聞いたり、指摘したりしないのか。
だったら上山に聞いてみよう。春野と同じ中学だったそうだから、何かしら知っているかもしれない。本人がいないところでそういう話をするのは気が引けるが、上山に話をしたら、思い切ってその足で一緒に春野に直かに聞きにいこう。

三十分後、上山の話を聞いてそうはいかなくなった。オレみたいなのが単なる思いつきで踏み込んではいけないような気がした。
上山も中学のとき、オレと同じように思ったらしい。それで上山は、春野と同じ小学校に通っていた吉岡に聞いたという。これも同じだ。吉岡は何か知っているようだったが、そのことについては何も言わず、春野に聞けないなら弟に聞けば、と教えられたという話だった。
当時まだ低学年だった春野の弟は「かず姉が死んじゃったから」とひと言だけ言って泣きながら教室に帰ってしまった。
「かず姉」は春野のさらに姉で、春野は次女だった。ちなみに春野の名前は智花だ。上山は「お姉さんのことだけどさ」と切り出しただけになってしまったので、春野の姉の死とセーターの毛玉との関係は不明だ。上山は改めて吉岡に聞いてみたという。
だが、吉岡から聞いた話は自分からは話せない、吉岡か春野本人から聞けと話を打ち切った。

…あれから3ヶ月経っていた。もうあの話は誰ともしていない。
じつは、あろうことか、この3ヶ月の間に思いがけない事態になった。春野にコクられた。教室のすみ、両側の壁に手をついてきた春野の勢いに押され、思わず頷いていた。毛玉のことが気になるからには本人のことも多少気になっていたこともあった。
もはやこういう関係なったらセーターの話は余計聞けない気がする。むしろ、もう聞かないと自分の中で決めないといけない。ただ、将来もっと深い関係になったら、春野のほうからその話をしてくる可能性があるにはある。

翌朝、バス停で春野が待っていてくれた。どこか雰囲気が変わっていた。コクられた男子がその相手を見る目変わるのは当然ということとは違う。服が目新しい。セーターだ、今朝は上着の下に、いつものセーターではなくカーディガンを着ていた。前のセーターと同じ色だが毛玉のない、多分おろしたてのカーディガンだった。