会場前は開場前から観客で溢れかえっていた。

そこに屋台を強引に押し込んで、焼きそばを焼き始め、ソースの香ばしい匂いをあたりに漂わせた。
さすがに通勤ラッシュ時の電車内並みの密集度の人混みだけあって、そこら中からグーグーとお腹の鳴る音がしだし、カエルの合唱みたいになった。
おかしくて、焼きながら思わず吹き出してしまった。いま焼いていた分は売り物にできなくなった。ゴミバケツに放り込む。
気のせいか、腹ぺこのグーグーが一段と高くなったようだ。
仕方ねえなぁ…。
さっきの焼きそばをバケツから救出し、発泡スチロールの皿に乗せ、10円の値札を付けた。
うわっ!
群集が怒涛のように押し寄せてきた。
おい、こらッ! 屋台が倒れちまうじゃねうか!
怒鳴っても無駄だった。最前列の数人が倒れ込み、テメェの顔や手を鉄板で焼きやかった。なんてこった。
おい、誰か救急車呼べ!
1分も経たないうたに、サイレンの音が近づいてきた。
ちがう。これは別の誰かが呼んだか、搬送中の車で、たまたま通りかかっただけだろう。
またしても予想外のことが起きた。
道路近くの群集から何人かが道路に飛び出し、その救急車を止めようとした。とんでもないクズどもだ。
や、った…。
ヤツらを避けようとした救急車が急停車したが、一人は弾き飛ばされ、血を流して倒れたまま動かない。
救急隊員が降りてきて、そいつの応急手当てを始める。
それとは別に、後部ドアから担架に乗せられた高齢者と家族らしき付添い人が降ろされてきた。付添いの人もふらついている。車内でケガをしたようだ。
もう滅茶苦茶だーッ! あ…

そこからの記憶がない。
目が覚めたのは病院だった。
なんで俺が? あたりをキョロキョロ見回していると、看護師がまだ横になっているように言い、医者を呼びにいった。
どうやら、頭に血が上って昏倒したらしい。それにしても、あのいやなニオイが鼻にこびり付いている。いちばん消えてほしい感覚の記憶にかぎって。

だから、今は醤油せんべいを焼いている。とある門前町の参道沿い、道ゆく観光客に程良く焦げる醤油と米の匂いを漂わせながら手を動かす日々。たまに昔の屋台仲間が物産展やイベント会場への出店を誘いにくる。が、向こうももちろん本気なわけではない。顔を見せに来るための方便なのはお互い分かっている。