どこから吹いてくるのだろう

いい香りがする

樹木か下草の匂いにはちがいないが
はじめて嗅いだ

ぐる~っと深い森に取り囲まれ
人工物はいまいるこの辺りにしかない

どんな植物か気になってきた

もう夜もだいぶ更けてきたので
森に足を踏み入れるのは憚れる

でもやはり気になる

気になって仕方ない

いや待てよ

むかし祖父に聞いたことがある

森から漂ってくるいい匂いに誘われて
行方不明になった村人がいる

四五年に一度
思い出したように一人いなくなる

そういう言い伝えがあることを
思い出した

こんどはわたしの番か

ならばかえって
森に入る言いわけが立つというもの

…んっ

心なしかあの芳香が濃厚になってきた

こちらの意志が通じたのだろうか
匂いを導きの糸に案内しよう
ということなのだろう

だったら簡単ではないか

もう確実にこの香りの出どころに
辿り着けるではないか

目をつむっても行ける
深夜の森だが灯りもいらない
鼻さえ利けばいい

帰ってこられるかは分からないが…