>  >  > 科学ライターがイチ推し! 人工知能(AI)映画『チャッピー』

2015.06.04

 

 

■世界経済は人工知能中心で動いている

SoftBank_pepper0602.jpg
画像は、「感情エンジン」と「クラウドAI」を搭載したソフトバンクのPepper 「Wikipedia」より

 日本ではSFの世界だと思われている人工知能=AIだが、世界はとっくに人工知能中心で動いている。ブログなどに流れるビッグデータを解析、投資判断を行う「AIファンド」をゴールドマンサックスが提供したり、生物の神経網を模した新しいネットワークで情報処理を行うディープラーニングの開発ベンチャーに7,000万ドルの資金が集まったり、IBMの人工知能ワトソンが食事のメニューを開発したりと、今、ビジネスの最優先事項はAIなのだ。

 その流れを受けて、ここ数年、映画業界でも「AIや脳=記憶」をテーマにした作品が増えている。冴えない中年男が声だけのAIに恋するスパイク・ジョーンズの『her/世界でひとつの彼女』、女性型アンドロイドが全世界を破滅させる『Ex Machina』(日本未公開)などが相次いで公開されたが、今回紹介するニール・ブロムカンプの本作『チャッピー』もそのひとつだ。

chappy0602.jpg
画像は『チャッピー』

 最近のAIをテーマにした作品が、総じてネットワーク社会の行き着く先のディストピアを暗示させるのに対して、チャッピーは実に素直というか、昔ながらのAIがテーマ。つまり起動時には赤ん坊であり、人間と触れ合うことで成長し、人間のような感情を持つようになるロボットが、人間とどう関わっていくのかがストーリーなのだ。


■機械が人間になる、寿命は5日間/あらすじ

 時代は近未来。世界最悪の治安と呼ばれる南アフリカ共和国・ヨハネスブルク(ブロムカンプ監督の出身地)では重犯罪に対抗するため、チタン製のボディのロボット警官=スカウトを投入、目覚ましい治安向上に成功していた。

 そして、スカウトを開発した天才技術者ディオンは、次世代OSとなるAIを開発する。人間と同じように感情を持ち、学習し、成長するプログラムだ。ディオンはスカウトにインストールすることを提案するが、上司に反対される。そこでひそかに破棄処分される1台のスカウトにAIをインストールするディオン。しかし、そのスカウトをギャングに盗まれてしまう。

cyappy0602-1.jpg
画像は、映画『チャッピー』予告編/シネマトゥデイ

起動したスカウトは赤ん坊と同じで、環境から言葉や動作を覚えていく。ギャングにチャッピーと名付けられたスカウトは、ギャングとして成長していくが、バッテリーの破損により5日間しか寿命がない。命を知ったチャッピーとギャングたちに、ディオンのライバル、ヴィンセント(ヒュー・ジャックマンが好演!)が策略をめぐらす。ヴィンセントの作った戦闘ロボット「ムース」とチャッピーたちの壮絶な戦いの行方は――?

 

関連キーワード:

AI

人工知能

 

■異形の人間に宿るピュアな精神は人種問題のメタファー?

 大筋はポール・バーホーベンの『ロボコップ』(1987年公開)の本歌取りで、企業が警官を作る(!)ところから、ギャングとの抗争、裏切られてボロボロになるロボット、警察が無力化するところまで感心するほど話をなぞっている。ただし設定は真逆だ。ロボコップは人間が機械になる話だったが、チャッピーは機械が人間になる話である。同じストーリーでも設定を真逆にすると、こんなにも印象が違うのか。人間となった機械の哀愁は機械が人間になろうとする過程で見える人間の残虐さ、滑稽さに置き換えられ、今の時代にふさわしい寓話になっている。

2cyappy0602-.jpg
画像は、映画『チャッピー』予告編/シネマトゥデイ

 チャッピーのデザインは士郎正宗の『アップルシード』に出てくるブリアレオス(AIではなくサイボーグである)からとっている。ロボコップのデザインが日本の宇宙刑事シリーズからとられた(バンダイから許諾を得ている)のと同じで、日本のロボット作品に対するオマージュだ。顔面の保護用フレームで喜怒哀楽の表情が生まれているのが憎い。敵ロボットのムースは、ロボコップのED-209と酷似したデザインで、そのやられっぷりまで、ロボコップのファンにはたまらないはず(私は思わず拍手した)。

 ラストシーンへと至る、異形の人間にピュアな精神が宿るという設定は、『第9地区』から続くブロムカンプ監督のテーマであり、人種問題のメタファーでもある。派手な娯楽作品を通じて、人間とは何か? という問いに踏み込もうとした監督の力技には驚嘆させられた。

それにしても士郎正宗がいかに天才か、本作で改めてわかった。時代を20年先取りしていた。ギャングの真似をするチャーミングなチャッピーとド派手なアクション、しっかりした設定、こういう話は士郎正宗を生んだ日本でこそ作らなければならないのではないか。この夏、アクション好き、SF好きは必見の一作だ。
(文=川口友万/サイエンスライター/著書『大人の怪しい実験室』)

・川口友万のこれまでの記事はコチラ