P2M(ピー・トゥ・エム)は統合的なプログラムと

 

P2Mのプロセスと基盤的知識

構成[11]

P2Mの考え方は、「P2Mプログラム&プロジェクトマネジメントガイドブック」で体系化されており、その改訂第3版(2014年刊行)では、具体的なマネジメントプロセスである「プログラムマネジメント(第2部)」と「プロジェクトマネジメント(第3部)」に加えて、プログラムやプロジェクトのマネジメント諸活動(計画、実行、分析・判断、意思決定、能力強化・向上など)を支える様々な基盤的知識について、「事業経営基盤(第4部)、「知識基盤(第5部)」および「人材能力基盤(第6部)」として記述されている。

プログラムマネジメントのプロセス[12]

P2Mでは、上位組織の事業戦略に発する「プログラムミッション」によりプログラムマネジメントが起動する。これは、当初は経営者の事業にかける思いや願望などに発する概念的な目的であり、様々な可能性すなわち多義性・曖昧性を含むものである。またプログラムの活動範囲や規模、そして外部環境とその変化への対応に由来する複雑性があり、実現の不確実性が大きい。P2Mのプログラムマネジメントの典型的プロセスの構成を下図に示す。プログラム統合マネジメントは、プログラムの多義的で曖昧なプログラムミッションの初期概念を受けて、それを具体的な目標群に展開して定義する「ミッションプロファイリング」、定義された各目標を実現するためのプログラムの構造を明確にする「プログラムデザイン」そして「プログラム実行の統合マネジメント」の3つから構成される。また、こうした統合マネジメントの遂行過程では、常に戦略そしてそれと深い関係にあるリスクのマネジメント、および構想・計画・実行にかかる各過程での判断や意思決定の基盤となる価値評価のマネジメントが並行して遂行される。プロセスの起点となるミッションプロファイリングでは、事業戦略に発して提示されるプログラムミッションの初期概念について、その戦略が本質的に何を目的とするのか、その目的を達成するためにプログラムで達成すべき具体的目標(通常は数個~数十個)は何かを定義する。これらの具体的目標の多くは、それぞれに対応するプロジェクトにより実現される。

プロジェクトマネジメント

P2Mが開発された2001年当時は、プロジェクトマネジメントの産業界全般への普及が国内で始まったばかりであった。そこでは目標の達成が強く意識され、P2Mでは「目標マネジメント」の観点からプロジェクトマネジメント知識の体系化がなされた。その後、世界的にこの分野の知識の普及が進み、国際標準「プロジェクトマネジメントの手引き」(ISO21500)も発行された結果、現在ではP2Mにおけるプロジェクトマネジメント知識の枠組みは同ISO標準の考え方に準拠した体系に変更された。ただし、同標準は一連の知識を如何に分類し体系化するかに関する手引きであり、近年の進化の部分を別にすれば、P2Mのプロジェクトマネジメントに関する個別の知識の内容に、当初の考え方と本質的な差異はない[13]

P2Mの基盤的知識

P2Mの実践には、上記のプロセス知識のほかに、以下の基盤的知識についてその基礎の修得と各自の必要に応じてより高度な知識の獲得が重要であるとされる。

  知識領域
事業経営基盤 事業とプログラム、プログラム戦略手法、プロジェクト組織マネジメント、会計とファイナンス、情報マネジメントと情報インフラストラクチャー
知識基盤 システムズアプローチ、知識・情報資産、価値と価値評価
人材能力基盤 マネジャーの実践力、プログラム・プロジェクトにおける人材能力基盤、リーダシップ、コミュニケーション能力とコミュニティの創造、多文化対応

P2Mの特徴

プログラムマネジメントに関して世界的に認知されている標準や知識体系としては、MSP(Managing Successful Programmes; UK, 1999)、P2M(日本, 2001)、The Standard for Program Management(米国PMI, 2006)の3種があり、主要な視点と内容にはそれぞれ特徴がある。P2Mの特徴は、プログラムの概念から始まり価値創造に至るプロセスをカバーしており、予測が容易でないビジネスや社会問題等の分野を含む複雑課題の解決にフォーカスしている[14]。P2Mの戦略プログラムのマネジメントは第三世代のプロジェクトマネジメントといわれるもので、高度に複雑であり、かつ多様な達成目標がありうるビジネス・イノベーションや社会的な価値創造命題をも対象としている[15](注:第一世代とは成果目標が明確な形でスタートする伝統的なプロジェクトであり、第二世代は大規模で複雑な工業的プロジェクト・ITシステムプロジェクトなどで、P2Mのオペレーション型(あるいは大規模システム型)プログラムもこのカテゴリーに重なる。ここでは「プロジェクトマネジメント」はプログラムマネジメントを含む広義に用いられている)。P2Mでは、プログラムマネジメントは必要なプロセスについて分析的(要素還元的)アプローチをとる一方、プログラムの複雑性について「全体として」の戦略や価値評価などの統合的視点から理解することで、価値創造を目指すとする。海外の標準に比べ、P2Mでは実践力ある人材の育成の視点が強調されている。これは、能力あるマネジメント人材の流動性が低く、有期的なプロジェクト/プログラム型事業でも、人材は内部調達が中心となる日本型組織に適合するものでもある。

資格試験[16]

P2Mでは、プロジェクト/プログラムマネジメント人材に関して、知識及び経験等に関する試験により、以下の資格認定(PMC・PMS・PMR)が行われている。また、大学・大学院レベルの教育との連携により、プロジェクトマネジメントの基礎的知識の習得者に対する資格としてPMCeの資格認定がある。

  • PMC(Project Management Coordinator)

プロジェクトを推進する遂行実務者、リーダー候補者など、PMを実行する上で必須のコア知識を有する人材

  • PMS(Project Management Specialist)

プログラム&プロジェクトマネジメント(P2M)の実践に必要な基礎的知識、管理技術を幅広く体系的に習得し、価値創造にむけたマネジメント実践力を持つ人材

  • PMR(Program Manager Registered)

P2Mに関する基礎・応用知識とともに高度な実務経験を保有し、かつPMS又はそれに準じた資格を有するもので、プログラムマネジャーとして、高度な価値創造事業を主導して、組織的な実践力の発揮を期待できる人材

  • PMCe(Project Management Coordinator entry)

大学生等のPM初心者向け資格。大学等でのPMの基礎的な知識を習得する科目(15コマ・2単位)を修了・合格し、資格申請をした者に授与される。

P2Mと標準ガイドブックの歴史

P2Mの開発[7]

20世紀末になると、知識・生産・流通のグローバル化の潮流と中国の台頭の中で、「ものづくり」を基盤にしてきた日本の競争優位が大きく失われ、「日本企業は「ものづくり」中心の発想から転換して、「仕組みづくり」による再生」が重要となった。この仕組み作りとは、「経営者が先導して組織全体に「企業価値とは何か」を問いかけ、新しいビジネスモデルを再構築すること」である。そのためには、新たな価値を創造・獲得する事業戦略、それを具体的な施策に展開する知恵と構想力、そして各施策を様々なプロジェクトにより具現化していく実践力が求められる。すなわち「環境変化を意識して、複雑な使命に問題解決の道を開き、事業価値を向上する」広い視野と高い視点と洞察力を持つプロジェクト&プログラム実践に専門人材の育成である。この問題に対し、通商産業省(当時)の指導により、㈶エンジニアリング振興協会(ENAA)が「プロジェクトマネジメント導入開発委員会(委員長・小原重信教授)」を組織し、企業内部の知恵、事業経営に関する学術研究、海外のPM知識などを、P2Mという名称で戦略から実践に至る総合的な知識体系としてまとめ、2001年に標準ガイドブックの形として刊行した。

P2M標準ガイドブックの開発と改訂

  1. 「P2Mプロジェクト & プログラムマネジメント標準ガイドブック」2001年11月にENAAより発行された。"Project & Program Management for Enterprise Innovation"の英文副題がついている。その後、一般への普及のため同名・同内容(上下2分冊)の書籍がPHP研究所から刊行された(2003年4月)。
  2. 「新版P2Mプロジェクト & プログラムマネジメント標準ガイドブック」2007年12月に日本能率協会マネジメントセンターから刊行された。改訂はPMAJ内に組織されたP2M改訂委員会によるもので、P2Mをより幅広く普及するために、初版の内容が精選・拡充され、あるいはより平易な説明に改められた。
  3. 「改訂3版 P2Mプログラム & プロジェクトマネジメント標準ガイドブック」2014年4月日本能率協会マネジメントセンターから刊行された。初版刊行以来13年を経て、構成と内容が大幅に改定された。世界的にプログラムマネジメントへの理解が進みつつあることを背景に、P2Mの特徴としての戦略型プログラムマネジメントおよび人材育成の視点が強く打ち出されている。なお書名について、プログラムがより重視される時代の要請に応えて、「プログラム」と「プロジェクト」の順序を入れ替えている。

P2Mの関係組織

  • PMAJ(特定非営利活動法人日本プロジェクトマネジメント協会)[17]

PMAJは、2005年11月にJPMFとPMCCを統合して誕生した組織で、P2Mを中心としてプロジェクトマネジメント(PM)の研究・普及を進めている。その主要な活動は、両組織の活動を引き継いで、P2M資格に関する試験と認定の実施、PMシンポジウム(年1回、参加者2,000人規模の大会)・例会(月例の研究会)・各種講習会などの開催によるPM知識の研究と普及、これらの基礎となるP2Mの理論研究とその体系化によるP2M標準ガイドブックの改訂・刊行、およびPMに関する主要国際組織(PMI、IPMAなど)とのPM知識交流などである。

  • ENAA(㈶エンジニアリング協会;旧(財)エンジニアリング振興協会)[18]

ENAAは1978年の財団法人創立直後よりプロジェクトマネジメントの重要性に着目して、その研究・普及の活動に力を入れており、1979年より今日まで会員企業向けに「プロジェクト・マネジメント講習会(現PMセミナー)」や関係研修会等を継続的に開催している。この間、PMIとの交流協定(1979)、IPMAとの協力協定(1985)、PMBOK® Guide '96日本版刊行(1997)、JPMFの設立(1998)、PMBOK®2000年版刊行(2003)などPM分野において国内の中心的な活動を支えてきた。P2M標準ガイドブック(初版:2001)は通商産業省(当時)の指導の下にENAAが組織した開発調査委員会によりの開発・発行された。現在も、ENAAはPMAJを支援・協力する関係にあるが、そのPM研究・教育活動は、エンジニアリング産業を中心とした活動に重点が置かれている。

  • JPMF(日本プロジェクトマネジメントフォーラム)

PMの研究・普及を目的として1997年に発足したENAAの傘下組織。ENAAにおけるPM研究・普及で重点の置かれたプラントエンジニアリングだけでなく、当時急速な発展期にあったIT系・製造業・サービス産業などのより幅広い分野での知識普及を目的とした。2005年にPMAJに統合された。

  • PMCC(特定非営利活動法人プロジェクトマネジメント資格認定センター)

経済産業省の指導で、P2Mに関する資格認定を通じて、プロジェクトとプログラムマネジメントの普及と実践的マネジャーの育成を促進する団体として2002年に設立された特定非営利活動法人。2005年にPMAJに統合された。

P2Mの学術的な研究を目的として2005年に設立された。研究対象を主として複雑系社会問題を解決する学際領域に置き、対象課題の全体像に迫る接近手法と問題解決への政策や戦略などの思考法や各種の方法論を重視する。それぞれ年2回の研究発表大会と学術雑誌「国際プロジェクト・プログラムマネジメント学会誌」の刊行により研究成果の発表を行っている。

P2Mの国際化

P2Mは国内企業の知恵をベースに開発されたが、その内容は普遍性をもつものであり、国際的にもこの分野の有識者から高く評価されている[14][15]。国際化という面では、英文をはじめとする外国語版の書籍の出版と、普及・教育に当たる専門家の育成という課題があるが、こうした課題の中でも、アジア、ヨーロッパ、アフリカの一部の国では国際化の努力が進んでいる。

海外研修

2014年までにPMAJの指導員と監修によるP2Mの公式な研修コースは、タイ(2回)、フィリピン(4回)、ベトナム(2回)、インド(1回)、フランス(12回)、ウクライナ(25回)、ロシア(4回)、セネガル(4回)などで開催されている[20]

出版

P2Mガイドブックの外国語版としては、PMAJから初版、第2版および第3版の英語版が発行されている。他に、ウクライナ語版、ロシア語版およびベトナム語版が入手可能である[21]。また、米国Project Management Institute(PMI)からもP2Mに基づくプログラムマネジメントの書物(英語版)が出版されている[22]

大学院教育[23]

下記の海外の大学院では、田中弘教授(前PMAJ理事長)の指導などにより、P2Mに関する授業科目が講じられている。これらの大学院ではプロジェクト&プログラムマネジメントの学位を得ることができる(2014年)。

  • SKEMA Business School of France;
  • Moscow State University for the Humanities
  • Kiev National University of Construction and Architecture of Ukraine
  • National Shipbuilding University of Ukraine
  • CASR-3PM Graduate University of Senegal

脚注

  1. ^ プロジェクトマネジメント導入開発調査委員会「P2Mプロジェクト&プログラムマネジメント標準ガイドブック」、エンジニアリング振興協会、2001年11月
  2. ^ 日本プロジェクトマネジメント協会「P2Mプログラム&プロジェクトマネジメント標準ガイドブック(改訂3版)」日本能率協会マネジメントセンター(2014年4月)206頁 (ISBN 978-4-8207-4887-8
  3. ^ 同上書208頁
  4. ^ 同上書28頁
  5. ^ 同上書67頁
  6. ^ Project Management Institute "The Standard for Program Management" Project Management Institute (PMI), 2006, p4 (ISBN 1-930699-54-9)
  7. a b 前掲「P2Mプロジェクト&プログラムマネジメント標準ガイドブック」 (まえがき:P2Mの開発と発刊にあたって)
  8. ^ Morris, Peter. W. G and Pinto, Jeffery K. ed. "The Wiley Guide to Project Program & Portfolio Management " John Wiley & Sons, 2007, pp114-115 (ISBN 978-0-470-22685-8)
  9. ^ 日本プロジェクトマネジメント協会「新版P2Mプログラム&プロジェクトマネジメント標準ガイドブック」日本能率協会マネジメントセンター(2007年12月)78頁、(ISBN 978-4-8207-4469-6)
  10. ^ 清水基夫「実践プロジェクト&プログラムマネジメント」日本能率協会マネジメントセンター(2010年8月)162頁 (ISBN 978-4-8207-4668-3)
  11. ^ 前掲「P2Mプログラム&プロジェクトマネジメント標準ガイドブック(改訂3版)」pp37
  12. ^ 同上書80頁
  13. ^ 同上書205頁
  14. a b Thiry, M. "Program Management" Gower, 2010, pp1923 (ISBN 978-0-566-08882-7)
  15. a b クロフォード、リン「世界におけるプロジェクトマネジメントの潮流」P2M研究論文集(プロジェクトマネジメント資格認定センター)2004年5月、Vol.1, pp25-32
  16. ^ 「P2M資格制度について」http://www.pmaj.or.jp/p2m/shikaku/index.html (2015.09.20)
  17. ^ PMAJホームページ http://www.pmaj.or.jp/kyoukai/gaiyou.html (2015.09.20)
  18. ^ 「協会史」(ENAAホームページより)http://www.enaa.or.jp/about/history (2015.09.20)
  19. ^ 「学会設立の趣旨」(国際P2M学会ホームページより)http://www.iap2m.org/p2m_top.html (2015.09.20)
  20. ^ PMAJによる。
  21. ^ P2Mガイドブック初版はhttp://www.pmaj.or.jp/ENG/index.htmより入手可能、他はPMAJに問合せが必要。
  22. ^ Shimizu, M. "Fundamentals of Program Management" Project Management Institute (PMI), 2012, ISBN 978-1-935589-63-1
  23. ^ 田中弘教授(フランスSKEMA)による。

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