目の前に起こる出来事は、事実
その解釈は私の主観
つまり自分の中で感情という針が振れている
大きく分けると
喜と哀
楽と怒
副針を含めるともっと繊細な感情を持ち合わせている
自分の嫌なところが見えるとき
それは
怒った あと
最初は
言い聞かせる、叱る
状況が変わらなければ
次にやってくるのは
怒ること
大抵の場合、相手をコントロールしようとして
それが出来ないとき
怒り出す
その時私が見ているものは
相手の出来ていないところだけ
それでもなお変わらなければ
言葉も声も、顔も、態度も
自分の嫌なところが暴れだす
感情を
まさにぶつけている
相手がおとなしければ
それが怖くてしぶしぶ従うことになる
しかし、自我の成長とともに
反発するのが普通である
わかっているのに
やっている自分が悲しくなる
これをやっても、本当に伝えたいことは
残念ながら伝わらない
伝わらないどころか、
怒り出した ということしか伝わらない
追い込むだけ
相手を追い込んで
自分も追い込まれて
互いが嫌になる
そうならない方法がある
自分を
少し高いところから見下ろしてみる
今
どうなることが望ましいのか
上から冷静に眺めてみる
感情が動いている自分の姿が見えてくる
相手の感情も見えてくる
失敗をしてきたから
わかること
失敗してきたから
見えるものを思いだして
言葉と表情を選択してみる
そんなことが
少しだけ
やれるようになってきた
相手をコントロールすることは出来ないけれど
自分は変えられる
自分のあり方が変わると
相手の反応が変わる
すんなりいかない経験も
なりたい自分になるために
今、必要なことなのかも知れない
大人になった今もなお
成長痛を味わっている
まだまだ可能性があるって考えると
不安や恐れがすぅっと消えて
にやりとする自分がいた
指摘されることよりも気づくチャンス
これが
成長のチャンス
チャンスはあちこちに転がっている
そうか
チャンスをくれたその人に、出来事に
感謝!
その解釈は私の主観
つまり自分の中で感情という針が振れている
大きく分けると
喜と哀
楽と怒
副針を含めるともっと繊細な感情を持ち合わせている
自分の嫌なところが見えるとき
それは
怒った あと
最初は
言い聞かせる、叱る
状況が変わらなければ
次にやってくるのは
怒ること
大抵の場合、相手をコントロールしようとして
それが出来ないとき
怒り出す
その時私が見ているものは
相手の出来ていないところだけ
それでもなお変わらなければ
言葉も声も、顔も、態度も
自分の嫌なところが暴れだす
感情を
まさにぶつけている
相手がおとなしければ
それが怖くてしぶしぶ従うことになる
しかし、自我の成長とともに
反発するのが普通である
わかっているのに
やっている自分が悲しくなる
これをやっても、本当に伝えたいことは
残念ながら伝わらない
伝わらないどころか、
怒り出した ということしか伝わらない
追い込むだけ
相手を追い込んで
自分も追い込まれて
互いが嫌になる
そうならない方法がある
自分を
少し高いところから見下ろしてみる
今
どうなることが望ましいのか
上から冷静に眺めてみる
感情が動いている自分の姿が見えてくる
相手の感情も見えてくる
失敗をしてきたから
わかること
失敗してきたから
見えるものを思いだして
言葉と表情を選択してみる
そんなことが
少しだけ
やれるようになってきた
相手をコントロールすることは出来ないけれど
自分は変えられる
自分のあり方が変わると
相手の反応が変わる
すんなりいかない経験も
なりたい自分になるために
今、必要なことなのかも知れない
大人になった今もなお
成長痛を味わっている
まだまだ可能性があるって考えると
不安や恐れがすぅっと消えて
にやりとする自分がいた
指摘されることよりも気づくチャンス
これが
成長のチャンス
チャンスはあちこちに転がっている
そうか
チャンスをくれたその人に、出来事に
感謝!