ブログを書くときに、タイトルなどを受験生向けにすることでアクセスが得られるのですが、
個人的にそうするとつまらなくなるので思うが儘に書きます。
さて本題へ。
世の中大抵のことは理屈で通ります。
正解がある、もしくは最適解がある中で日々選択を強いられています。
一橋大学に入ってから3年目。
たまたまどうして一橋に入ったのかのを考える機会がありました。
みなさんも一度はしっかり考えますよね。
「○○大学に行きたい理由はなにか。」
しっかりした理由を言える人いるでしょうか。
現実的に考えると、、、
将来の就職のため、周りの期待にこたえるため、自己満足。
などがきっと挙げられます。
はてはて。はたして本当にその理由なのかなぁ。
今回はこのことが言いたいだけです。
もちろん理由の明確化は必要です。
一橋に入って一流企業に就職するなど、現実問題の理由はあってしかるべきです。
しかし
どこそれ大学に行きたい、しっかりした理由が正直なくてもいいと思います。
受験において必要なのは、勉強を続けられる意志です。
何か物事を続けるうえでこの意志というものは絶対に必要なものです。
高校生活振り返った時に
つらいサッカーでの走り込みも、受験勉強も、理不尽が多かった部活も辞めなかったのはこの意志があったからです。
そこに誰もが納得する確固たる意志があったわけではないです。
あったのはエビデンスの明確な綺麗な理由ではなく、自分の感覚的なものでした。
私は部活で言えば
サッカーの試合で点を決めたときの興奮に病みつきになったこと
受験ならば
優秀な兄貴に学歴で負けたくなかった
ただそれだけでした。
自分の人生を振り返ったとき、決断の理由なんて考えるほど合理的なものはありません。
ある人は「目立ちたいし、人にちやほやされたいし、単純にかっこよくね?」
またある人は「一流大学行けば女の子にモテるかも!」
畑から見るとがばがばお花畑な理由です。
しかしそうした根拠も理屈も通らない、いわゆる心の支えのようなもの。
なにか自分の奥底にあるイメージが何よりも原動力になるように感じています。
受験においてあなたの心の支えはなんでしょうか。
勉強に気が乗らない時に少し考えてみてもよいかもしれませんね。