すすきが夕陽に照らされて血に染まったようになっている。
 世羅はぼんやりとそれを見ている。ぼんやりと糞しながら見ている。
 すすきの隙間から数人の声と影が見隠れしているのを見つけた。
「人が糞をしているのに…」
数人の声は何やら騒がしく“あっちかこっちかそっちいった”だとの何かを追いかけている様子であった。
 世羅は巻き込まれないうちに退散しようと褌を肩に掛けて川に入った。
 尻を洗っていると、何かを追いかけている男たちが声を描けてきた。
「おい、若い女を見なかったか?」
「俺は糞をしてたから何もみてないぞ」
世羅はバシャバシャと尻を洗って川原へ上がった。褌を巻きながら、男たちへ事情を聞いたが誰も答えないで行ってしまった。
 刀と鉈を担いで世羅は山の方へ歩き出した。

 世羅は山道は歩かないで原生林の中へ入っていった。急な斜面をしばらく登っていると、後ろから息を切らしたような声が聞こえた。

 振り替えると十代位の女がぜぇぜぇ言いながら付いてきている。

「娘さんよ。ここは山道じゃないぞ!」
「…それはこっちの台詞だよ!」
「なんか怒ってんのか?」
「なんでこんな道歩いてんのよ!」
「俺の勝手だろう!お前誰だよ!」
「アンタに関係無い!それより、アンタを雇ってあげるから江戸まで案内しなさい!」
「ふざけんな!俺は江戸から西に向かってんだよ!なんで引き返すんだよ」
「父上に言って百両あげるから案内しなさい!」
「お前はバカか!百両なんて大金をそんな案内でくれるわけ無いだろ!付いてくんなよ!」
「…」
女は泣きそうな顔をしている。
「おいおいおい!泣くなよ!お前はまだ若そうだから説明してやるけどなぁ、百両は凄い大金なんだよ!道案内位でそんな大金は貰えないよ」
「じゃあ…五銭で案内しろ」
「安っ!お前は極端だな!」
「案内しろ!」
「やだ!違う奴を見つけろ!じゃあな!」
世羅は女を置いて歩き出した。

 しばらくすると女の姿が見えなくなった。
 世羅は火を起こすために小枝を鉈を使って集め出した。

「武士なのに、なんでそんなもの持ってるんだ?」
「うわ!」
松の裏から女が顔を出した。
「何をビビってる?」
「なんで居るんだよ!しかも、追い付くの早いな!化け物か!」
「しばらく歩いたらこの道にも馴れた!」
女は無邪気に笑っている。
 世羅は溜め息を着いた。もう暗くなってきているし、女を一人で山の中を歩かせるのも可愛そうだと思い、日の出まで一緒にいてあげることにした。
「飯作ってやるから食ったら寝ろよ!朝方までは一緒に居てやるから…」
「…お前…スケベな事をしようとしてるだろ!」
「バカ野郎!なんて奴だ!親切にしてやってんのに!」
「だってお前の顔はスケベそうだから…」
「間違っては無いけどな!確かに言われるけどな!でも、失礼だろ!」
「ごめんなさい…」
「まぁ…いいけどよ」
「いいのか…無駄話をしてないで早く飯を作れ!」
「……てめぇ……」
世羅は小枝をバキバキと折りまくった。

 山登りしながら採った茸と山菜を小さな鍋に入れて少し味噌を入れて煮込んだ。
 煮込んでいる間に女に事情を聞いたが「お前には関係無い!黙って火の番をしておけ!」と言われた。

 鍋が出来上がる頃に女は寝てしまっていた。
 世羅は起こさないように飯を食べた。

「おい!何先に食べてんだ!私が先だろ!」
「お前こそ何様だ!寝てる方が悪いだろ!」
「起こせ!」
「くそぉ…小娘め!」
一つしかない茶碗に茸汁をよそって女に渡した。箸は小枝を利用した物である。
「味が薄い……」
「うるせぇ!早く食って寝ろ!」

 世羅は事情は何も答えない小うるさい女を見ながら煙管をふかした

 世羅は江戸で仕事人をしていたのだが頭が殺されてしまい解散になってしまった。
 貯めた金を持って畑でも買って農業をするために旅に出たばかりであった。

「私を江戸に連れていく気になったか?」
「なるわけ無いだろ?」
「そっかぁ…」
「事情が解らないのに承諾は出来ねぇよ」
「私は手違いで人拐いに捕まってしまったの…なんとか逃げた時にお前を見掛けた…家に帰れば…父上がアイツらを凝らしめてくれるのに…」
「お前の家は武家か?」
「そうだ!幕府に支える家系だ」
「まぁ……暇だし、一歩進んで振り出しに戻ったと思えば良いかぁ」
世羅は煙管を叩いた。
 女はうんうんと頷いている。
「報酬は…多少期待できそうだな!よし、江戸に連れていってやるよ」
「当たり前だ!」
「お前の家もお前を探してるはずだしな…追手は六人位だったから……いけそうだなぁ!決まりだ!早く寝ろ!明るくなる前に出発するぞ!」
「お前こそ喋ってないで早く寝ろ!」
「生意気な!」
世羅は火を絶やさないようにして寝転がった。

 

世羅は追っ手を警戒しながら獣道をひたすら歩いている。
「百合!」
女が大きな声を出した。
「なに?」
「私の名前だ!お前が聞かないから自分から名乗ってやった!」
「……そっか」
女は世羅を追い抜いて正面に立ちはだかった。
「なんだよ!」
「名前くらい聞け!」
「あのなぁ~、雇い主の素性を知ったあとに俺が捕まって拷問されて答えたらまずいだろ?だから、雇い主の素性は聞かないの!…これ鉄則だぞ?お前…知らないのか?」
女は黙ってしまった。
 世羅は女の肩をポンと叩いて歩き出した。

 民家の灯りが麓に見える。雲は藍色に染まり雲は流れている。世羅は小さな小枝を集めて火の支度をしている。百合はそれを見つめている。

 昔ー
 世羅はまだ仕事人を初めたばかりで人殺しは未経験であった。もっぱら的の事前調査が仕事であった。
 ある日…でかい屋敷の調査の為に庭師の見習いとして屋敷に入り込んだ。親方も仕事人であった。親方は的の調査をしていて、世羅はその他の調査が目的であった。しかし、的の娘が世羅と同じ歳で意気投合してしまった。親方は会うのは止めろと忠告したが世羅は隠れて娘と会っていた。夜に娘と外で会ったり、毎日のように密会を繰り返した。親方は頭に報告したが、頭は笑っていた。

 頭は世羅を呼び出した。
「今回の仕事はお前が安生忠信を仕留めろ…娘は…お前に任せる…
「…招致しました…私に出来ますか?」
「お前次第だ…これが出来なかったら…この仕事は辞めておけ…」

 夜ー世羅は親方から譲り受けた鉈を手にして屋敷に忍び込んだ。
 頭達は世羅の援護をする為に遅れて屋敷に雪崩れ込んだ。的の安生忠信は目を覚ましていて刀を手にしていたが、手が震えていて戦意は無かった。世羅は鉈を鞘から抜いて安生忠信の喉を裂いた。吹き出る血は世羅を真っ赤に染めた。不思議と罪悪感や恐怖心は無かった。倒れ行く安生の刀を取り鞘に閉まった。

 後ろに気配を感じて振り向くと娘が立っていた。
 蝋燭の火はユラユラと揺れていて娘の表情を捕らえることが出来なかったが娘の言葉に動揺した。

「私は死んでも構いません…父が死ぬのも時間の問題でした…でも、お腹の子供は殺さないでくれませんか?この子には父が必要なのです」

 世羅は豆絞りで口を隠して娘の横を通りすぎた。
「遠くへ行け…その子の父は必ずその子の前に現れるから…」

 世羅は走った。
 頭達に合流して屋敷を後にした。

 屋敷は炎に包まれていた。世羅は涙を流しながら頭達の後を追って闇に消えていった。

 

高尾を越えた辺りで百合は熱を出していた。山の中をひたすら歩いていたせいで体調を崩していたのである。初めは強がっていたのだが徐々に口数が減りそのまま倒れてしまった。

 世羅は百合をおんぶして歩いた。

 あの時の子供が生きていたなら、この娘と同じくらいだろうと思いながら麓を目指した。

 獣道を百合を背負って歩いている。辺りは薄暗く、梟が不気味に鳴いている。少し休めばいいのだが、世羅は一刻も早く百合を麓の村まで連れていってあげたくて歩く速度を早めた。

 麓の村に着く頃には世羅は膝に力が入らなくなっていた。なんとか街道沿いの茶屋まで辿り着いて、店主に座敷を借りて百合を布団に寝かせることが出来た。世羅は落ち着きを取り戻してきた百合の表情をみて安心してそのまま布団の横へ倒れるように眠りについた。

 世羅が目を覚ます頃にはもう夜になっていた。
 百合はみたらし団子を食べている。
「俺のは?」
「無い、欲しかったら店主に頼め!」
「…クソガキめ!」
強気な発言の百合を見て世羅は微笑んだ。

 世羅は多目に支払いをして百合と歩き出した。

 提灯は持たずに田圃の畦道を歩いていると、先の方に灯りが見えた。
「誰かいる…」
「あぁ…百合は下がっていろ…」
百合は素直に世羅との距離を取った。
 世羅は灯りに近づいて声をかけた。

「こんな夜中に田圃の様子でも見に来たんですか?」
灯りに写し出されているのはほっかぶりをして、杖をついた老人であった。
「いえいえ…酒を飲んで家に帰る途中です…お宅さんは提灯も持たずに娘さんとどこに行くのですか?」
世羅は振り返り刀に手をやった。
「俺は一人ですよ…お爺さん…後ろには誰もいませんよ」

 世羅は老人の方へ向くと同時に刀を抜いた。
「あんた、いくらもらったんだよ?」
老人は提灯を足元に置いて杖に仕込まれた細い刀を抜いた。
「爺ぃになるとこんな仕事しか受けれなくてねぇ~安いもんだよ…金額は言えねぇけどね」
「あの娘の命はそんなに安いのかい?」
「そりゃそうさ…いらない娘なんぞに高い金は出さねぇ…でも、始末しなきゃならねぇ…」
「要らねぇ?なんの事だ?」
「捨てた娘が帰られちゃ困るって事だよ…それよりダンナは手を引いたほうがいいぜ…なんせ一文にもならし無いんだからな…」
「…」
「無駄な斬り合いは止めましょうぜぇ…ダンナも腕が立ちそうだし…俺とやって怪我しちゃ仕事が出来なくなりますぜぇ」
「それもそうだな…」
世羅は刀をしまった。
 老人も刀をしまって提灯を拾うのに手を伸ばした。
 世羅は老人に近づいて、腰に差していた鉈で老人の首に降り下ろした。老人の首は闇に飛んで行った。身体は提灯に倒れ込んだ。

「百合!」
「…はい」
「こいつの話は本当か?」
「…」
「知ってて俺に声を掛けたのか?」
「…」
「まぁ…いいさ…」
「…なんで知ってて斬ったのさ…」
「仕事の邪魔だからだよ…お前を家まで送り届けるのに、この爺は邪魔だから斬った…それだけだ」
「家に送ってもお金は貰えないよ…それよりも殺されるよ?」
「お前は死ぬの解ってて家に帰りたいのは…何でだ?」
「私は…死ぬなら家で死にたいだけ…知らない所で殺されるのは…嫌なの…」
「…お前…カッコいいな!」
「でしょ?」
「見届けてやるよ」
「ありがとう…って!そんときは助けろよ!」
「助けたら…お前は死に時を失うぞ?」
「死にたいんじゃない!」
「…」
世羅は百合の頭をぽんぽんとした。涙を堪えている百合が愛しく思えた。

 

百合は絶対に近づくなと言われていたお蔵の前で遊んでいた。

 百合…

 微かな声がした。
 お蔵の方からであった。百合は怖くて慌ててその場から逃げた。

 夜ーお蔵から聴こえた声が気になって眠れなかった。微かに聴こえた声に聞き覚えがあったからである。母は三歳の時に病で死んだと聞いていたが、お蔵の声が母の声と被ったのである。百合はこっそりと寝床を出て、お蔵に向かった。
 月明かりがお蔵の小さな窓を映していて鉄格子が不気味に光っていた。

「…母上…ですか?」
百合は小声で話し掛けてみた。
「百合…」
「なんで母上がお蔵に居るのですか?」

 百合は母から全てを聞いたのである。
 百合が腹にいる頃に屋敷が闇討ちにあって祖父は死に…祖母を含む家族が母以外全員死んだと…。母は皆が苦しんでいるのを見向きもせずに屋敷を後にした。百合の父の言葉を信じて火傷を被いながらもその場から逃げた。見知らぬ田舎町で百合を産んで一人で育てようと思っていた。父が会いに来てくれるのを待っていたのである。
 しかし、この屋敷の当主柳田小三郎…祖父の弟に見つかり此処へ連れて来られたのだと…母は何度も百合を連れて逃げようとしたがその度に捕まり、挙げ句にこのお蔵に閉じ込められてしまったと言うことであった。
 百合は夜な夜な母のお蔵へ通った。鉄格子から母の指を掴み母の温もりを感じていたのだが…ある日、母は居なくなった。お蔵の裏手にある先祖の墓の脇に真新しい大きめな石が置かれていた。
 数年後ー百合に見合い話があったが、百合は拒み続けた。しかし、柳田小三郎は強制的に百合を江戸の武家に嫁がせようとしたが、途中で百合に逃げられてしまったのである。

 世羅は…百合が自分の子だと確信した。
 だが、話すわけにはいかなかった。話した所で雪はこの世には居ないからである。

 柳田小三郎の屋敷に近づくに連れて怒りが込み上げてきていた。

 宿屋にて、百合が寝るのを待って夜遅くに屋敷に向かった。

 そこそこ大きな屋敷を眺めながら外壁沿いを一周回った。屋敷裏に竹林がありお蔵も見えた。世羅は迷わずに壁を越えてお蔵の裏手に回った。
 墓石の脇に枯れた百合の花が供えられた石があった。
 あの時、炎の中にいた雪を鮮明に思い出した。
「あの時の約束を果たしに来たぞ…遅くなってすまなかったな…」
世羅は手を合わしてから屋敷に向かった。

 適当な雨戸を蹴破って屋敷に侵入した。

「俺は百合の父親だ‼柳田小三郎はどこにいる!雪と百合を苦しめた罰を与えてやる‼出てこい‼」
世羅は刀と鉈を両手に持ち屋敷内を歩いた。
 廊下の奥から川原で見た侍達が出てきた。
「貴様!何者だ‼」
世羅は問答無用に切り捨てた。力が入りすぎて刀が柱に食い込んで抜けなくなった。
 自分の刀を諦めて切り捨てた侍の刀を拾って次の侍の喉元へ突き刺した。
 横から斬りつけてきた侍の刀を鉈で避けて鼻っ面に拳を叩きつけて、怯んでるうちに鉈で顔面を叩き割った。肉片が飛び散り、その後ろにいた侍はゲロっている。そいつの首を跳ねて奥へ進んだ。

「柳田小三郎はどこにいんだよ‼早く出てこい!」

 世羅は大声で怒鳴りながら屋敷内を歩いた。

 土間から居間に入ると川原にいた若い侍が火縄を構えていた。
 世羅は構わず突進した。
 肩に一太刀食らわせたと同時に火縄が火を吹いた。
 世羅は一瞬怯んだが、若い侍にとどめを差した。
 世羅は腹に食らった傷を見ながら胡座をかいた。
「火縄って…いてぇなぁ」
世羅は息を整えて立ち上がろうとした。
 後ろから背中に衝撃が走った。
 振り替えると槍で突かれていた。刃は腹まで貫通している。
 槍を握っているのは老人である。
「柳田か!」
「いかにもワシが柳田小三郎だ!盗賊め!好きにはさせぬぞ!」
「盗賊じゃねぇ!てめぇが殺した雪の仇討ちだ!」
「なんと!」
世羅は槍を鉈で折り、柳田の右腕を切り落とした。
「百合の痛みだ!ざまぁみろ!クソジジィめ!」
柳田は叫びながら後ずさった。世羅は鉈を捨てて刀を両手で構えた。苦しんでいる柳田に降り下ろした。

 百合は雀の声で目を覚ました。
 部屋の隅に世羅が座っていた。
「寝なかったのか?」
「……お母さんの墓参りに行ってきた…」
「…お母さん?」
「……雪の墓に手を合わしてきたよ」
「……血だらけ……」
「……あぁ…」
「死ぬの?」
「お前のお母さんはなぁ…凄く美しくてなぁ…優しくて…暖かくて…強くて…利口者で…明るくて…そんで、お前の父親は…まぁ、それは、お前にそっくりだ…ハハ」
百合は布団からでて世羅に抱き着いた。
「喋ってないで医者に行こう!」
「もう…無理だろう…この傷じゃ助からないんじゃないかな…」
「ヘラヘラしてないで!医者に行こうよ!」
「百合…良く聞け…」
「…なに」
「大國神社の横に佐村右京という絵師が居るはずだ…俺の名前を出してみろ…力になってくれるはずだ…」
「一緒に行こう!」
「…百合…お前の父と母はお前に会えて幸せだった…覚えておけ…もう行け…俺は江戸じゃお尋ね者だから…早く行け…」
「………父さん…私も気付いていたよ…」
「……そっか」
「私も幸せだったよ」
世羅は百合を抱き締めて頭をぽんぽんした。百合は涙を拭きながら笑顔で部屋から出ていった。

 世羅は壁に寄り掛かりながら雀の声を聞きながら目を閉じた。

 岩魚が三匹釣れた。
「おっとう!やったね!」
「百合はスゴいなぁ!おっかぁに似たんだなぁ!」
「皆で食べれるね!」
「おっかぉには一番大きなヤツをあげような!」
世羅は小さな百合の手を掴み雪の待つ家に帰った。