『愛のコース』を読むと、人間的な意識で考える愛と、無条件の愛には大きな隔たりがあることが分かりますね。
英語にCompassionとsympathyという単語があります。
英和辞典の定義では
compassion = 人の不幸、苦悩に対する哀れみ、思いやり、同情
sympathy = 苦しみ、悲しみなどに対する同情、思いやり
と書いてあって、同じような意味に思われます。
でも、全然違うんですね。仏教で「仏の慈悲」はGreat Compassionと訳されます。これが無条件の愛とほぼ同義ですね。無条件の愛は相手の方が内なる神意識、無条件の愛をふたたび思い出せるようにサポートしてあげること。そこに一切の分け隔てがないことですね。
相手の方が本当の愛を思い出すために必要とあらば、ときには耳に痛いことを言うことも辞さない。そんなことを言って、自分がどう思われるかなんて心配したりしません。どこまでも、相手の方が目覚めることをサポートしたい、その一心。それだけ。それが無条件の愛ですね。
ところが、狭量な人間的な意識はそれが分からずに、
「なんだよ、あの言い方、ひどい!気にくわん」
などと、それを否定、批判したりします。
一方、sympathyの同情、思いやりのほうは、
「よしよし、かわいそうに」モード。たとえ、思いやりから出ていたとしても、やはり、人間的な意識に制限されているために、しばしば、共依存を呼んでしまいます。お互いに息苦しくなったり、窮屈な思いをします。
だから、『愛のコース』では、しばしば、耳に痛いことが説かれます。無条件の愛を思い出すためには、愛でないものをすべて手放していく必要がありますからね。
こんな怖れをもっていないか?こんな怖れはないか?
なぜ、その怖れにいつまでもしがみ付いているんだ?
ってね。それも、すべて無条件の愛からなんです。そんな厳しい言葉も、ハートで素直に受け取らないと、・・・・・となってしまいますね。
出版まで、あと11日!
In Peace & Love