あの貝殻 歩いてる


よくみると


コレはきっと…ヤドカリ


生まれて初めて


ヤドカリなるものを見た


サザエくらいの貝殻にすっぽりとおさまるサイズ


何だか感動して 


拾い上げて目があった その瞬間


コンニチハと言わんばかりに 貝の中身がにゅっと出てきた





しかしそれは思っていたモノと違って


毛に覆われている





そして 思ったよりも……長い。






え、ヤドカリ? コレってまるで


胴の長い ク…






そう 頭が処理した瞬間


反射的に体が動く





「ひゃあっ‼︎‼︎」





ヤドカリが宙を舞って ポチャンと海に落ちた


え!待って!ヤドカリ




キラキラと水面が揺れる


ヤドカリは波と共にあっという間に居なくなった




裸足の指の隙間から


波にさらわれる砂の感触が 妙に伝わってきたものだから


ハッと 何かに驚いて足元を確認する


ふと 貝殻やシーグラスがたくさん落ちている
ことに気づいた





「わー!綺麗な貝殻 たくさん落ちてるー!」


遠くの後ろで誰かがちょうどそう言った





白 ピンク オレンジ…


陶器の様な 様々な形の貝殻



拾おうとかがみ込んだ頭の上から


「何か…すげー声出てたな…」


少し笑いを含んだ


気怠そうな声が落ちてきた


…




「…あらら、聞かれてました?はずかしー」


パッと顔を上げて答える




「いやー でもアレはビビるわ」


「見てたんですね、全部…」


「それで、ヤドカリは?」


彼が水面をキョロキョロと覗き込む


表情が 無邪気な子供みたいだ 




「それが…驚いて落としたら
 あっというまに波にさらわれて…」





「ふっ どんくせーなー」






太陽の光はもう赤みを帯びている


あ…


そう言って笑ったその人の髪が


オレンジ色にキラキラと透ける




目尻だけ睫毛がくるんと癖付いて


さらっとした端正な塩顔なのに


どこか可愛らしい





もうすぐ夕暮れだというのに


海岸にはまだまだ人がいる




でも不思議と波の音しか聞こえなかった



「花さん」


「え?」




その人が顔を上げた瞬間



大き目の波がザーッと打ち寄せた



「え?なに、聞こえなかった」





そう言った彼の首元にキラッと


汗なのか 水しぶきなのか…






また波が引いていく



「だから、足元! いますよ、 フナムシ」






「…



   えぇ‼︎   わっ、……


  …




   お前…」


「さっきの仕返しです」






「おい!マジかお前」





「びっくりした?」


「え…もうびっくりしたと言うか
    波が引いてく感覚が マジで虫…」



「花井くーん」



後ろから さっきの声がした




「もうみんな帰るって!私たちも早く行こーよー」



「おー…


 あれ?行かないの?」




「あ、私はゼミの子達と帰るんで」



「あぁ、そんじゃ

 また明日な」




ヒラヒラと

手を振りながら

振り返り 歩き出す






ぱしゃん    ぱしゃん


ぱしゃん






ヤドカリ 貝殻 睫毛 言い直した言葉 フナムシ…



また明日


また明日


…



あれ?


…

先輩の彼女が

ショートカットで 

デニムの脚が細くて


声が可愛くて…




なんだろ、他にもいっぱいあったはずなのに







さっきから 何でもないような事だけが


頭から離れない






日焼けの跡が チリっと痛んだ





「日焼け止め あんなに塗ったのになぁ…」






夏の終わり


夕暮れ時


赤い波長はいつにも増して色濃く


世界に留まっていた