一時はNICUに入った小さな娘。
 
 
ところが結局、普通の帝王切開のスケジュールと同じ日数で手元にやってきて
 
母子同室の生活が始まりました。
 


 

1. 超過酷な『3時間おきの授乳』がスタート


ところが低出生体重児として生まれた小さな娘は、口も小さ過ぎて母乳を吸えません。
 
 
でも授乳の刺激で母乳の出を促す必要があるとかで
 
噂に聞いていた『3時間おきの授乳』は過酷なものになっていました。
 
 
3時間おきの作業はこのような状態。
 
①オムツを変える
 
②娘に母乳を吸わせるチャレンジをする
 
(いろいろと体勢を変えてみても体重の増えは0ml。泣き叫ぶ娘を前に、とても辛かった!)
 
③あらかじめ搾乳しておいた母乳を哺乳瓶で飲ませる
 
(力尽きて寝てしまう娘を必死で起こしながら!)
 
④不足分のミルクを準備して飲ませる
 
(力尽きて寝てしまう娘をあの手この手で起こしながら!)
 
⑤ゲップをさせる
 
⑥寝かしつけ
 
⑦次の授乳に向けて搾乳する
 
⑧哺乳瓶を洗ったりとか片付け、次の授乳の準備


 

2. 徐々に思考崩壊が進む


それで「3時間」の合間に横になれるのは、長くて1時間くらいでした。
 
 
夜はその間に娘が泣いたり、昼間なら食事や訪問や諸々があったり。
 
陣痛から始まった帝王切開後のダメージの残る身体で、ほとんど徹夜で数日を過ごし
 
私の思考回路は既に支離滅裂になっていました。


 

3. 緊張の糸が切れたように、涙腺崩壊


そんなとき、ひょんなことから『母乳をやめて完全ミルクにする』という選択肢を知った私。
 
今となって思うと『逆に、なんでそれまで気づかなかったのか!』と思いますが(笑)
 
 
もともとメンタル体力のない私が、転院のどさくさに紛れて
 
いつのまにか『スパルタ母乳コース』に乗っかっていたことに気づいたのです。
 
 
単純に、母乳をやめて完全ミルクに変えるだけで、超過酷な『3時間おきの授乳』の手間はかなり削られ
 
睡眠時間は2時間ほど取れそうな気がしました。
 
 
『あぁ、この辛い日々から解放されるのかもしれない』と思ったら
 
緊張の糸が切れたように、もう涙が止まらなくなり
 
たまたま遭遇した看護師さんの前で号泣してしまったのでした。
 
勢いよく飛び散る水の写真



 

4. まとめ


いかがでしたか?

 
 
このとき私はおそらく『マタニティーブルー』と判断され、『ゆっくり話を聞く』という対処をされました。
 
それはそれで良かったのですが、私の状態はもっと深刻だったんですね。
 
 
次回、そんな私に、さらなる追い打ちをかける出来事が起こります。