〈問題を解決するには、問題を見る視点を変えてみる〉
先日、お母さんから連絡がありました☎️
『お父さんの認知症の症状がリアルに進んできた』という内容。
ここ最近、物忘れの頻度とか
認知症の初期症状はあったんやけど、
その症状のステージが進んだ様子。
わたしの実家は
お父さん(80)
お母さん(72)
おばぁちゃん(98)
の超シルバー3人暮らし。
でも、そのお母さんが歳の割には
わりと元気で活発に家のことをこなすので
普段は、実家のことを心配することもなく
暮らしてるんやけど
いざ、お父さんの認知症の話を聞くと
わたしの中で
『問題発生🚨問題発生🚨』
と頭の中のモードが切り替わった。
そして、その高齢者2人の面倒を
1人で見ているお母さん。
うちのおじぃちゃんも認知症だったので
在宅で介護する大変さは間近で見ていたから、
もし、お母さんが過労で倒れたら?
これまた、問題発生🚨
わたしの中で『両親に問題が起きた!』と
解釈した。
わたしは以前、
デイサービスでリハビリ担当で働いていたので、
こういう風に対処したらいいよ!
ここに連絡してみて聞いたらいいよ! 
その状態を『問題🚨』と捉えたまま
解決する方法をお母さんに伝えた。
電話を切った後、
これを解決しなければ。
どうにかしなければ。
この状態が続くわけにはいかないから
少しでも良くなるよう方法を考えなければ。
🤔🤔🤔🤔🤔
そして、自分の体に力が入っていて
気分の悪さで、ふっと気づいた。
実家で起きていることを、
わたしが『問題』やと思ってるから、
その『問題』にふさわしい、
インパクトのある出来事ばかりに意識が向いてるぞ。
認知症のはじめは『まだら』の状態で
意識がはっきりしている時もあるのに、
そこはスルーで、異常行動だけをフォーカスしてる。
わたしが『問題』を意識すればするほど、
わたしのエネルギーがそこに注がれて
栄養を蓄えた『問題』は肥大化する、
そんな感じだった。
問題が起きたその視点と同じところに立っても、
見えるものは問題。
そこから少し視点を高くして、
今起きていることを、ただ見てみようと思い、
目を瞑ってみた。
80歳のお父さん。
ここまで長い間、家族のために働いてくれて
がんばってくれたお父さん。
80年も動くコンピューターは無いんだから
少しずつ細胞が、スリープモードに入るのは当たり前やん。
老いが進んでいくことは、
とっても自然な流れに乗ってるってこと。
自然な流れに乗ってるお父さんは
なんの問題もないやん。
そう思えたら、心がリラックスして
とってもやさしい気持ちになれた。
あ、ここがわたしの今の真実だ。
お母さんに対しても、
わたしが役に立たないと!
なにか力にならないと!
そう思って意気込んでいたけれど
わたしに出来ることは
両親たちの穏やかな日々を祈ること✨
それでも、グチを言いたくなったり
話がしたくなったら、いつでも聞くよ!
わたしに出来ることは、それぐらい。
気持ちが落ち着いて、
改めて、お母さんに電話をして、
このことを伝えてみた。
そしたら、お母さんも、お父さんのことを問題!だとすごい思ってたって。
問題にしたら、問題ばかり目立ってくる。
そう思ったら、
穏やかな時もたくさんあるわーって、
問題じゃないお父さんにも意識が向きはじめました。
問題を問題と捉えたままでは
なんの道も開けなくて、
ただ、少し視点を高くしてみる。
問題ではないのかも?という視点で見てみる。
ただの出来事として捉えてみる。
それだけで世界が広くなる。
今回、その感覚をすごく分かりやすく感じました。
また、これからいろんなことは起こってくるかもだけど、またそれはその時、その時に
視点を少し高くして考えていけたらいいなー
そんな風に思いました☺️
長くなってしまいました🙏
最後まで読んでくれてありがとう💓