群馬の有名人の1人、新田義貞を知ってますか!室町時代の前に活躍した武将です(^^)/
群馬の新田郡に居をかまえていた人物で、室町幕府を作った足利尊氏とは同じ血筋(源氏)の親戚です。
鎌倉幕府は北条氏が治めていたわけですが、元こうやら公家の反乱なんかで世情がよくなかった。
そこに、新しい武家の支配者を望む声が出てきたって言うのもあって、北条氏についで名声のあった足利氏の待望論がでてきたようです。
ちなみに足利氏は鎌倉に居をかまえていたらしいですが、地元は群馬のお隣、栃木県足利市だそうです!
足利氏はそれに答えて京都を落としますが、北条氏の本拠地を落としたのが親戚である新田義貞だったんです!(^^)!
挙兵時は騎馬が150騎だったそうですが、鎌倉を落とすという気迫に各地の豪族が続々と続き、気づけば数万の軍勢になったそうです。こういうところが、歴史に名を残す人の凄さなんですかね~。
その後は公家方について足利氏と対立し、一時は尊氏を敗走させますが、 最期は盛り返した尊氏の軍勢相手に、北陸あたりで討ち死にしたそうです。
他にも色々逸話が残っていますので、興味があれば検索してみてください(^^)/
ちなみに、新田義貞の居城があった場所、太田の金山には最近の発掘調査ででてきたお城跡や資料館、義貞饅頭などのお土産もあるので、夏休みの日帰り旅行なんかにいかがでしょうか!
群馬の新田郡に居をかまえていた人物で、室町幕府を作った足利尊氏とは同じ血筋(源氏)の親戚です。
鎌倉幕府は北条氏が治めていたわけですが、元こうやら公家の反乱なんかで世情がよくなかった。
そこに、新しい武家の支配者を望む声が出てきたって言うのもあって、北条氏についで名声のあった足利氏の待望論がでてきたようです。
ちなみに足利氏は鎌倉に居をかまえていたらしいですが、地元は群馬のお隣、栃木県足利市だそうです!
足利氏はそれに答えて京都を落としますが、北条氏の本拠地を落としたのが親戚である新田義貞だったんです!(^^)!
挙兵時は騎馬が150騎だったそうですが、鎌倉を落とすという気迫に各地の豪族が続々と続き、気づけば数万の軍勢になったそうです。こういうところが、歴史に名を残す人の凄さなんですかね~。
その後は公家方について足利氏と対立し、一時は尊氏を敗走させますが、 最期は盛り返した尊氏の軍勢相手に、北陸あたりで討ち死にしたそうです。
他にも色々逸話が残っていますので、興味があれば検索してみてください(^^)/
ちなみに、新田義貞の居城があった場所、太田の金山には最近の発掘調査ででてきたお城跡や資料館、義貞饅頭などのお土産もあるので、夏休みの日帰り旅行なんかにいかがでしょうか!