理由は…。真面目にいくよ! | ぴぴ、日々物語

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昨日(夏祭り)の件、最後に書いたこと…の理由は……


甥っ子には親がいない
甥っ子は私の姉の子。
甥っ子は、皆に祝福されて生まれて来なかった
病院からの電話で生まれたことを知った
姉は私達家族から家出してた身だったから
甥っ子の父親についてはごめんなさい、語りません
赤ちゃんと一緒に姉は私達の家に帰って来ました
そして…半年。姉は赤ちゃんを捨てて、家出した
それから私と私の両親と甥っ子の生活が始まった

よく、おんぶして昼寝させたなぁ

自分では産んだことがないのに、立ったり、歩いたりを見てて、嬉しかったなぁ
私の友達は「今、経験してたら、もしぴぴが子供産んだ時、楽なんじゃない」とは言われる。だけど、姉を見てたら、簡単に子供を産んだらダメだと思ったし、まだ私には産む資格はないって
甥っ子が保育園に通い出して、4歳までは私の母が、遠足や行事に行ってた。しかし、母が病気であまり出歩けなくなった。
だから私が、行くことに。保育園に甥っ子を毎日送ってた
そして、遠足や参観日。私はその頃、働いてたから店長に事情を話して行事に参加する許可をもらいました
それから私は、保育園の先生以外の人から、「○○くんのママ」と呼ばれるように
それ以前でも小児科でママと呼ばれ…最初はまだ呼ばれても仕方ないと思った。けど、心の中では「ママじゃない」と段々これがストレスになって来た
甥っ子が年長組さんになると、行事が増え、保護者会に出なきゃならなくなり…年長になって最初の保護者会は自己紹介から始まった。みんな順番に「○○のママです。よろしくお願いします」と
私はどう言えばいいのか、「おば」と言いたいけど、そういえば楽なのか…でも、それを言えば、要らぬ詮索をされそう…
結局、「○○の◆♭☆♯です。よろしくお願いします」と、よろしくの前はみんなに聞こえないようにごまかして、よろしくから大きく言った。怖かったよ。泣きそうになった。家に帰ったら泣いたよ。
ママじゃないのにママを演じきったよ、卒園するまで。ママさん達と会話をするのは苦労した。会話に入れないこともあったし、一緒のクラスの子供達の名前と顔を一致させるのにも苦労した。もちろんママさん達を覚えるのも

今度は小学校
ママじゃないのに入学式にママさんスーツ着たよ
そして、小学校の夏祭りや親子レクレーションに参加
でも、小学生からはママを演じなくてよくはなった、先生と話し合いした結果ね
だけど、今は甥っ子は実感してる。自分には両親がいないことを。参観日なんかはママが来ないから寂しい思いをさせてるみたい。たまに私に抱きしめて欲しくて甘えてくるよ。どんなに私や私の両親がそばにいても母親の存在には勝てない

いずれ真実を話す時が来るだろう
誰が言う。私だろうな
ぐれてたらどうしよう。だけど味方にいなければ
私の両親だっていつまでも生きてるわけじゃない
もし、私が結婚となったら、両親が死んでたら、甥っ子が成人してなければ引き取る覚悟ではいる。でも友達は「ぴぴが犠牲になることはない。ぴぴの幸せだけを考えたら」と言う
だけど、ほっとけないし、不器用だから要領よい方向に考えられない!

これから甥っ子はどう育つかわからないけど、いつまで一緒にいられるかわからないけど、愛してくしかないね


長くなったね
アメンバー限定にしようか迷ったけど、日々感じたことだから公開します