「僕」の秘境駅(そのに)
番組のディレクターなどが参加してあれこれと賑わっている「探検!秘境駅」のファンサイトですが、
Facebookをやっていない方向けに、一部ピックアップ致します。
(以下、ファンブックより抜粋)
………………………………………………………………………………………………
放送からは惜しくもこぼれてしまった けど
僕が単純に興味を持った
渡島沼尻駅の話を性懲りもなく書いて おきますね。
番組本編でも触れましたが
ここは1945年(昭和20年)に作られた当初いわゆる人間のた
めの
「駅」ではありませんでした。
第2次世界大戦末期に石炭、木材、その他いろいろ
とにかく本州方面への物資輸送を増やしたかった日本は
駒ヶ岳のふもとをつっきる函館本線以外に
勾配の少ない海沿いを通って函館に至る路線を開通させ
渡島沼尻に「信号場」を設置しました。
ちなみに「信号場」とは列車同士がすれ違うために
一旦退避をするための場所で、
当時は交通上、非常に重要な拠点のこと。
地元に住むおじいさんが伝え聞いているところによると、
終戦の直前、室蘭にアメリカの艦砲射撃が行われた際
渡島沼尻も攻撃対象となり、敵攻撃機が飛来、
列車などに対して機銃掃射が行われたということです。
(死者はでなかったのがせめてもの救いだった、とも聞きました)
写真は駅付近の土のなかに大量に埋まっているという「薬きょう」
です。
(戦闘機の機銃の薬莢らしく)かなり大ぶりなもので、映画などで見る拳銃のそれとは
明らかに違うのがお分かりいただけると思います。
※この後も続きますが残りはファンブックにゆずります・・・。
Facebookをやっていない方向けに、一部ピックアップ致します。
(以下、ファンブックより抜粋)
………………………………………………………………………………………………
放送からは惜しくもこぼれてしまった けど
僕が単純に興味を持った
渡島沼尻駅の話を性懲りもなく書いて おきますね。
番組本編でも触れましたが
ここは1945年(昭和20年)に作られた当初いわゆる人間のた
めの
「駅」ではありませんでした。
第2次世界大戦末期に石炭、木材、その他いろいろ
とにかく本州方面への物資輸送を増やしたかった日本は
駒ヶ岳のふもとをつっきる函館本線以外に
勾配の少ない海沿いを通って函館に至る路線を開通させ
渡島沼尻に「信号場」を設置しました。
ちなみに「信号場」とは列車同士がすれ違うために
一旦退避をするための場所で、
当時は交通上、非常に重要な拠点のこと。
地元に住むおじいさんが伝え聞いているところによると、
終戦の直前、室蘭にアメリカの艦砲射撃が行われた際
渡島沼尻も攻撃対象となり、敵攻撃機が飛来、
列車などに対して機銃掃射が行われたということです。
(死者はでなかったのがせめてもの救いだった、とも聞きました)
写真は駅付近の土のなかに大量に埋まっているという「薬きょう」
です。
(戦闘機の機銃の薬莢らしく)かなり大ぶりなもので、映画などで見る拳銃のそれとは
明らかに違うのがお分かりいただけると思います。
※この後も続きますが残りはファンブックにゆずります・・・。
………………………………………………………………………………………………
探検!秘境駅公式サイト http://www.htb.co.jp/hikyou/