非常に困っている。

記事のタイトルネームを『◯◯違い』で続けたいが、もう幾らも思いつかない…orz

🔵ヘリコバクター・ピロリのゲノムから旧石器時代の人類がアジアの東端に移動していたことが明らかに

Rumiko Suzuki, Naruya Saitou, Osamu Matsuari, Seiji Shiota, Takashi Matsumoto, Junko Akada, Nagisa Kinjo, Fukunori Kinja, Kuniko Teruya, Makiko Shimoji, Akino Shiroma, Mototsugu Kato, Kazuhito Satou, Takashi Hirano, Masahiro Asaka, Kirill Kryukov, Yoshan Moodley, and Yoshio Yamaoka

🔵はじめに

病原性細菌であるヘリコバクター ピロリは、宿主である人間と並行して進化したため、人間の移動を追跡するためのマーカーとして機能する可能性があります。我々は日本列島最南端の島々である沖縄に固有のH. py lori株を発見し、それらをhsp沖縄およびhp琉球と定義しました。これらの株のゲノムデータから、hsp沖縄株は約2万年前に他の東アジアの株から分岐し、hp琉球株は約4万5千年前に分岐したことが明らかになった。 hpRyukyu に最も近い株はアフガニスタン、パンジャブ、ネパールで発見されており、この株が中央アジアに起源を持ち、旧石器時代にユーラシア大陸を横断したことを示唆しています。 hpRyuku の分岐年代は、沖縄における人類の化石記録と一致します。旧石器時代の移民の子孫が現代の日本人に残っているかどうかは、ヒトのDNA分析からは議論の余地があるが、今回の研究では、旧石器時代起源の細菌が現在の日本人の胃の中に残っていることが明らかになりました。



🔵ピロリ菌の性質

ヘリコバクター・ピロリは、約7万年前に解剖学的現生人類がアフリカ外へ移動する前に人間の胃に適応し、現在では世界人口の約半数がヘリコバクター・ピロリを保有している(Covacsi et al, 1999)。この細菌は主に小児期に家族から伝染し、根絶しない限り感染は生涯続きます(Kuipers et al, 2000)。 H. pylori の進化はヒトの進化と類似しているため、H. pylori の遺伝子分析を通じて人類の移動を推測することができます (Linz et al, 2007; Moodley et al, 2009)。

従来、ピロリ菌の個体群および系統解析は、7 つのハウスキーピング遺伝子 (atpA、sip、muty、ppa、trpC、urel、および ypha) の連結配列を利用した多座位配列タイピング (MLST) 法に基づいて行われてきました。Maiden et alピロリ菌の7つの主要な細菌集団 (hpAfrical、hpAfrica2、hpNEAfrica、hpEurope、hpAsia2、hpEastAsia、および hpSahul) (Fallush et al.、2003; Lina et al. 2007; Moodiny et al.、2000) が同定され、これら 7つの集団の系統関係は、アフリカからユーラシア大陸 (Line et al, 2007)、アメリカ大陸 (Falust et al, 2003; Moodley and Linz, 2007)、およびオセアニア (Moodley et al, 2007) への現生人類の分散を明らかにしました。アル、2009)。 HpEastAsia はさらに 3つの亜集団に分けられます: ユーラシア大陸の東部地域に分布する hepEAsia、台湾からオセアニアに拡大した hepMaori、およびユーラシア大陸を経由して南北アメリカに移住した先住民族アメリカ大陸 (Moodley et al, 2021)の3つの亜集団となります。

MLST法に基づく以前の研究では、沖縄に特異的な 2つのピロリ菌集団が見つかりました。そのうちの 1 つは東アジアのどの菌株よりも早く分岐し、もう 1 つはより最近になって分岐しましたが、hpEastAsian 菌株内で明確なクラスターを形成しています (松成ら、2013)沖縄地域は日本列島の最南端の島々で構成され、1879 年に本島政府によって合併されるまでは琉球王朝によって統治されていました。この研究では、より古い分岐を持つグループを次のように名付けます。このグループをhpEastAsia の部分集団と見なします。hpRyukyu は16%、より最近分岐したグループである hipOkinawa株は14%を占め、残りは同じグループである hapEAsiaに属します。


ピロリ菌にはこのような性質のため、ピロリ菌の系統関係はヒトの系統 関係をよく反映し、ピロリ菌をマーカーとして人類集団の 移動を追う研究がなされてきました。我々は、沖縄と北海道に日本の他の地域と異なるピロリ菌を発見し、世界各地のピロリ菌と比較してその起源を探りました。その結果、 沖縄株の1グループは遠く西~中央アジア株と近縁性があ り、もう1つの沖縄株グループは東アジアと北アジアの中間的な性質を持ち、北海道アイヌ株はシベリア〜北米系統 と近縁であることがわかりました。

以上はサンガーシーケンスレベルで判明したことですが、その後次世代シーケンサーを用いてピロリ菌ゲノムが読み取れるようになり、ゲノム配列に基づいた系統樹(図2)の構築が進みました。


図2に緑色の四角で示したhsp OkinawaはhspEAsia と同じサブブランチに入り、MLST解析では、約5000年前に台湾からニュージーランドにかけて拡散した人々が持つhspMaori系統との類似性が見られました。このことからは南方由来のように思われますが、CagA陰性(図2 の△マーク) である点が北海道アイヌ株を含む北アジア系統の hspAmerindと共通しています。ピロリ菌は多重感染による組み替えでゲノムが混合することが知られているので、hspOkinawaは南方系の菌と北方系の菌が混ざったものではないかと考えています。大陸内で混ざってから琉球列島にやって来たのか、日本列島内で混ざったのかは今後検討する必要があります。


hpRyukyu (3、ピンク色の四角) は系統的に東アジア株から遠く離れ、hpAsia2に属するインド株より分岐が古く、なかなか近縁株がみつかりませんでした。大分大学山岡研究室には

タイ、ベトナム、
ミャ ンマー、ラオス、
バングラディシュ、インドネシア、
モンゴル、ネパー ル、ブータン

など、アジア各地から千株以上のピロリ菌が集まっていま したが、その中のネパール株からようやく2株の近縁株がみつかりま した。

その後も長らくネパール以外の近縁株が出ませんでしたが、他のグループが発表したデータの中に4株の近縁株がみつかり、著者に問い合わせたところ、それらがアフガニスタン、インド北西部からアフガニスタン北東部にまたがるパンジャブ地方、そしてやはりネパールの株であることがわかりました。依然としてネパールより東では近縁株が見つかっていませんが、gene flow(遺伝子流動)などからhpRyukyu系統はヒマラヤ山脈の北側を経由した可能性が高いと考えています。ルートの候補として はアフガニスタン北東部から中国南西部に抜けるワハーン渓谷があり、後にシルクロードの一部としても利用されています。

各菌集団の代表株を用いてBEAST(⬅遺伝子解析ソフトウェア)で分岐年代の推定を行った結果が 図4です。この図はカリビュレーションポイントを3つ設けています。 hspOkinawaに属するoki154の分岐年代は約2万年前、hpRyukyuに属するoki422の分岐年代は約2万7千年前と推定されました。これらの 分岐年代は港川人骨や白保竿根田原洞穴人骨の年代と近いものですが、ヒトゲノムDNAの解析からは港川人と現代沖縄人のつながりは確認されていません。ピロリ菌はヒトそのものではないので先住集団から後続の移入者に感染した可能性も考えられますが、その場合、2集団間に継続的な交流がなければならなかったでしょう。

hpRyukyuのように、近縁のものが少なく日本列島に孤立してみられるパターンは、ヒトY染色体ハプログループのD1a2aやミトコンドリアのM7a, N9bなどと似ており、hpRyukyu宿主の遺伝的背景が気になるところです。また、今回の沖縄サンプルはすべて琉球大学附属病院で採取されたもので、地理分布も分かっていません。(サンプルとなった方々は沖縄在住なのは間違いないが住まいが不明ということ)

今後、新しいサンプル を集めてこれらの点を明らかにする計画を立ています。

⭐ピロリ菌で想定される人類集
団の移動の道のり。⬇
『kya』は『キロイヤー』つまり下図内の『72±14』は7万2000年前、プラマイ1万4000年を意味する。
人類集団の胃袋に住み着いたピロリ菌がアフリカを出て、凡そ7.2万年前にヨーロッパ型とアフガニスタン型に分岐、そのアフガニスタン型から『琉球型』が4万年前に現れ、沖縄に向かうことになる。パンジャブ型・ネパール型は沖縄型と同系列。

hpは『ハプログループ』のこと。

オーストラリア大睦にあるピロリ菌の名称『サフール』は『サフール大陸』から由来。今から5〜6万年前は最終氷期で海は現在より80〜100m低く、今のベトナムからジャワ・ボルネオ・スマトラまでが巨大な半島となっていて、オーストラリア大陸も目と鼻の先。この太古まとまりを『サフール(サフル)大陸』と呼ぶ。この頃に人類集団がオーストラリアに渡った。(石器・古人骨がみつかって)

3.2万年前、台湾からニューギニアのマオリ族まで共通する『マオリ型(最初の発見がマオリ族だったからマオリと命名)』から沖縄型の亜種が分岐し、沖縄に向かう。

hspの『s』は『サブ』を表す。

そしてその沖縄型の亜種の一部が極東集団(hspアメリンド)にも向かうが、このDataを示した人物が、名前も出身もこれまでと現在の住まいも全て公表を拒んだので、極東人類集団に向かった事だけを示す。
およそ2.2万年前、現在の日本人の多くが保持する『アジア型』が韓半島を介して日本に流入したことを説明している。


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この後、斎藤成也氏は2023年1月に、アイヌに見つかったピロリ菌に、アラスカ原住民やカナダの原住民と同じ由来のピロリ菌を特定する。これにより『極東からの流入した人類集団が今日のアイヌに入っている』と言及した。

『図4』内で青線で囲ったピロリ菌『HK721』が北海道アイヌの人から見つかったピロリ菌。これは米・アラスカ、それとカナダの先住民から検出されたピロリ菌と同系族と特定された。


表の分岐の年代はあくまで『ピロリ菌の分岐の年代で』あり、各人類集団がその地に流入した時期である。という『誤解』はしないよう明記しておく。



もう北海道アイヌ協会を筆頭するアイヌ擁護派は、あまり遺伝子の一点張りで『アイヌは先住民族である!』と叫ばない方が良いだろう。分子生物学も分子人類学も年を追うごとに解析は詳細、研究対象は多岐になっており、あとは『いつ、どのタイミングで極東の人類集団が北海道にたどり着き、流入したのか?』の段階に進みつつあり、それはアイヌは先住民族!の言い張る北海道アイヌ協会を筆頭とした、アイヌ擁護派・アイヌ先住民族主張派にとって『非常に不愉快な結果』が増えるであろうからだ。