今や『 護憲の党 』をかつての社会党から奪った感じの日本共産党。 本当に護憲なのか?  きょうは最初から、日本共産党が護憲をブッ飛ばしていた話から始める。

 

 

 

丸ブルー9条は空文に過ぎない

 

 

現在 日本共産党と言えば1番に『 護憲を訴える党 』の印象が強いかもしれない。 実際、志位や党幹部、党員、支援者みんながみんな憲法9条をはじめとする現行憲法堅持を唱え、共産党が『 戦争法 』といって猛反発している安全保障関連法についても『 重大な違憲立法 』『 立憲主義を破壊するもの 』と非難している。

 

 

志位は2016年1月4日。

『 党旗びらき 』において『 安倍政権は戦争法( 安全保障関連法 )の強行に際し、【 憲法9条のもとでは集団的自衛権は行使できない 】という戦後60年余にわたる政府の憲法解釈を一内閣の専断で180度覆(くつがえ)すという、立憲主義を乱暴に破壊するやりかたをとった 』

 

『 (2016年夏の)  参院選では憲法破(やぶ)りの政治を強行した勢力は主権者・国民によkつて罰せられ、退場させられることを日本の民主主義のルールとする選挙にしていこうではありませんか。 』 と訴えた。

 

 

 

 

 

現在の共産党には『 護憲政党 』のイメージがしっかりついている かつては200人以上の国会議員を擁し『 頑固に護憲 』と訴えていた社会党は社民党に名前を変えた。 その社民党にかつての社会党時代の力はスッカリ消え失せ、議員もごくわずかの少数政党に転落。 

 

相対的に『 保守与党に常にNOを叫ぶ 』として、そして社会党から『 頂いたかたち 』で『 護憲 』を掲げ、その位置は高まっているといえる。

 

 

だが、その共産党がかつてこの日本国憲法に反対した過去がある事実を今の共産党関係者は、自分たちからは決して喋りはしない。

 

 

丸ブルー憲法9条に噛み付いた日本共産党

 

 

1946年4月10日

女性の選挙権を認めてから初の衆院選が実施。 5月16日に第56回帝国会議が開かれた。

 

主要な議題は大日本帝国憲法の改正手続きに基づいて、衆院に出された憲法の改正案だった。

 

 

この国会で共産党は明確に憲法第9条にに反対した。

この時の議事録は現在でもインターネットでの検索が可能

 都合の悪いことは隠し、ソレを聞いても、すぐに別の話にすり替え、聞きたいことに結局答えないのがいつもの共産党でも、この事実は議事録として残り、ネットに公開されている『 消すことのできない歴史的事実 』だ。

 

 

採決をめぐる議論が大詰めを迎えていた同年8月24日。

衆院憲法改正特別委員会委員長・芦田均による改正案の報告に対し、反対の討論に1992年、共産党から『 除名 』された男・野坂参三が立った。

 

 

共産党を代表して本会議に登壇した野坂は憲法改正案について『進歩的』と一定の評価をしつつ、『 完全な民主主義を実現せず、むしろ不徹底とあいまいと矛盾に満ちている 』といい、糾弾を開始する。

 

 

まず野坂は皇室制度を存続反対を訴えた。 そこらはいかにも共産党らしいが、それとともに攻撃の矛先となったのが『 憲法第9条 』だった。

 

 

『 草案は戦争一般の放棄を規定している。 これに対して共産党は他国との戦争の放棄のみを規定することを要求した。 』

 

『 芦田委員長およびそのほかの委員は、日本が国際平和のために積極的に寄与することを要望したが、もちろんこれは良いことだ。 しかし現在の日本にとって( 憲法9条 )は【 一個の空文( くうぶん ) 】に過ぎない。  政治的に経済的にほとんど無力に近い日本が、国際平和のために何が一体出来ようか。 このような日本を世界のどこの国が相手にするであろうか。 我々はこのような平和主義の空文を弄する代わりに、今日の日本にとってふさわしい、また実質的な態度をとるべきである。 』

 

『 憲法第二章( 9条 )は我が国の自衛権を放棄して民族の独立を危うくする危険がある。 それ故にわが党は民族の独立のために、この憲法に反対しなければならない 』

 

野坂は『 自営の為の戦力の保持 』を求め、第9条に明確に反対した。

 

今現在の自民党の憲法改正推進派でさえ、こんな発言をしたら、たちまち共産党はもちろん、朝日や毎日新聞からどんな批判を受けるかわからないが、国が国として他国から侵略を受ける危険を避けるために軍事力を持つのが今でも世界の常識な中で、共産党はまっとうな意見を言ったといえる。

 

 

 

野坂らの質問後に行われた憲法改正案の採決の結果は賛成421票、反対8票。

反対票の内、の6人は祖坂や当時のTOPである書記長だった徳田球一ら共産党の銀んで共産党は現在の日本国憲法( 現行憲法 )に反対した唯一の政党だった。

 

 

 

その野坂は共産党をけん引するTOPとなり、長らく君臨したのちの半世紀後に共産党から『 除名 』されるのだが。 このときの採決は明らかに『 共産党の意思 』だった。

 

 

 

野坂は反対討論を『 我々はこの草案が党議会を通過することに反対しなければならない。 しかし我々の数は少数だ。 この草案が、ここに可決されることは明らかだ、それゆえ我々は当憲法が可決された後においても、将来、当憲法の修正について努力する権利を留保して、私の反対演説を終わる次第だ。 』 と締めくくり、引き続き現行法( 今の日本国憲法 )の改正を目指すことを国会の場で宣言した。

 

 

 

 

つまり、少なくともこの時の日本共産党は『 今の日本国憲法 』に真っ向から反対していた。これは間違いのない事実だ。