とりあえず、美空さんのカルテとリハビリの観察記録を取りに向かうことにしたが、手術が気になっていた。そこで、先に手術室に向かうことにした。
手術室の前には、美空さんのお付きの看護師がいた。
「まだかかる感じだね」
「あ、袴田先生。そうですね。予定では、あと一時間というところですけど」
「そうですか・・・残念ですが、僕はそこまで一緒にいられません」
「なぜですか?」
「院長命令で、急遽、出張になりまして」
「そんなに急ぐのですか?せめて、美空さんの麻酔がきれて、目が覚めるまでは・・・彼女もそう願っていると思いますよ」
「それは・・・あなたと、これでやってください」
「私では荷が重過ぎます。しかもそれは・・・携帯じゃありませんか?先生?どうしてあなたではできないのですか?」
「実は、僕はドイツにあさってには行かないといけなくなりました・・・でも、この携帯があります。ただの携帯ではありません。あなた方がよく知っている『おじさん』の携帯。彼の心がいっぱいつまった携帯だから、美空さんの目が見えるようになったら、その時は彼女の新たな目で見せてやってほしいのです。きっと、彼女を支えてくれると思います」
「わかりました・・・」
僕は彼女に携帯を預けて、手術室を後にした。
「・・・美空さ・・美空さん・・・」
「あっ、・・・はい、その声は・・主治医の先生ですね?」
「わかりますか?」
「はい・・・。ここは・・どこですか?」
「まだ手術室ですよ」
「これから手術ですか?」
「いや、手術は終わったよ。全身麻酔をかけていたからね。君にとっては一瞬の出来事だったろうけどね。少し時間がかかってしまったよ。それに終わったからと言って、本当に見えるようになったかどうかはまだわからないし、もう少し時間がかかります。それから全身麻酔だったので、体がまだ思うように動きません。寝ててもいいですからね。とりあえず、意識は回復したということで、手術室からはでますよ」
「はい・・」
ブゥーン・・
「では、看護師さん、ん?袴田先生は?」
「それが・・(美空さんの前で、しかも手術後すぐに、出張でいなくなったって言えない)所用で席を外しております」
「そうなんですか・・では、私が病室までつきます」
「ありがとうございます」
「看護師さん・・・」
「なあに、美空さん」
「相変わらずよね・・袴田って。大事な時に必ずいないよね・・・本当に」
「・・・なんか、急に忙しくなったって、言ってみえましたよ」
「私のことより忙しいことって一体なんだろう、後でとっちめてやる!」
「ふふ、それだけ元気があれば大丈夫ですね。さあ、着きましたよ」
「ありがとうございます」
そして、主治医の先生から説明があった。
「しばらくは、包帯を巻いておきます。痛みがあるときは。看護師さんを呼んで、痛み止めを飲ませてもらってくださいね。で、かわいそうだけど、しばらくは・・・」
ブー、ブー、ブー。
「誰かね?不謹慎だよ」
「す、すいません。私のではないのですが・・・」
「まあいい。しばらくは暗い部屋で過してもらうことになるからね」
「それじゃあね、美空さん。何かあったら、呼んでくださいね」そう言うと、主治医は看護師に目配せをして、病室を出た。
「ありがとうございました」
「美空さん、私も一度ナースステーションに戻ります。またすぐに戻りますから」
「わかりました」
カチャン
病室の外では、主治医が待っていた。
「先ほどはすいませんでした」
「ここではなんだから・・・」二人はカンファレンスルームに移動した。
「本当にすいませんでした」
「いいよ、もう。でも、君らしくないミスだね。携帯だなんて」
「実はこれ、袴田先生からの預かり物なんです・・」
「そうなんですか・・。そういえば、袴田先生、実のところ、なんですか?」
「あ、実は美空さんの前だったので、言えなかったのですが、急にドイツに出張らしく・・・美空さん、きっと、そばにいてほしいだろうと思って」
「このタイミングでドイツですか・・・院長のやることですね・・・患者のことより、病院の名声を第一に考えている・・・いつものことだ。わかりました。こんなこと隠し通せることでもないし、君を悩ませて、手元を狂わせてしまってもいけない。時を見て私から言うから、君は彼女の看病に専念してください」
「ありがとうございます・・・」
「遅くなると、勘のいい彼女のことだ。何か考えさせてしまっては今はいけない。早く戻ってください」
「わかりました」
看護師は早足で、美空の病室まで戻って行った。