サハラの塵と、背中で泣く男
【背中で泣いてる男の美学】
わたくし不肖は、社会人になって早11カ月である。
まだ学生であった昨年の今頃は、オホーツク海あたりからやってくる冷たい風に
関東平野のいずこかで吹かれていたであろう。鼻水を垂らしてはかみ、垂らしてはかみ、ティッシュをちぎっては投げ、ちぎっては投げてしていた頃であろう。この時期、わたしのスローイングコントロールの精度が飛躍的に向上したのは言うまでもない。我が家のゴミ箱は、美しい夕暮れの時のピラミッドのようなシルエットを見せ、ティッシュでテンコ盛りになっていたのである。
しかし、今年はそんなこともしていられないのである。
そう。私は社会人なのである。入社たかだか8カ月程度のペイペイの新卒と云えども、社会人なのである。もう、いい大人である。
社会人風に吹かせながら、学生時代の後輩たちを呼びつけては、気前良く酒をおごったりもしてしまったりするのだ。その度に、「嗚呼、俺も大人になったもんだ」と人知れず思うのが、男の美学というものである。
その後、レジで会計をしながら、薄い財布にたそがれた目を落としつつ、背中で泣いて見せるのもまた、男の美学である。
こうして若者たちは、先人の失敗に学んでいくのである。
人類の誕生から数えること600万年余り。絶えることなく繰り返された成功と失敗の歴史の縮図である。私一人の犠牲で、あの酔っ払いどもの、もとい、かの若者たちの教訓になるのであれば、あの時の5万円など決して惜しいものではないのである。決して。決して…。ほぼ家賃である…。あの酔っ払いども、もとい、あの若者たちは随分気持ちよく飲み食いしてくれた、おごり甲斐のある連中である。彼らはいつかサハラ砂漠のチリと化すであろう。私は「さすがに察しろ、5万やぞ!?」と背中で語りかけていることに、一切気付かないほど、痛飲の彼方に浮遊していやがったのだ。新卒 VS 5万円。兵力の差は明らかである。これは四面楚歌もいいところである。私は念のため隠し持っていた、実弾・福沢諭吉5発を撃ち尽くした。
【社長とサシで】
そんな失敗を集めたような、いや、人類の英知を集めたような私であるが、今やお客さんも付いているのである。来年から社会人になる諸子には信じがたいかもしれないが、来年の今頃には、どこかの企業の社長とサシで向き合って商売の話をし、金を動かしているのである。誰あろうこの私も、社長を相手に商売をしているのである。たとえば、私のお客さんの中に、警備などに関係する仕事をなりわいとしている会社がある。そこの社長とは5か月ほどのお付き合いがあり、もちろんサシで仕事の話をするわけである。彼はほぼ軍人である。600人を前にして生声で「そおおおいいいん、けえええいれええええい!!!!(総員、敬礼)」を叫ぶ男である。ほぼ角刈りである。初めて訪問したときは、「仏陀の微笑み」と呼ばれているわたしもさすがに緊張し、まるで足のうらのような、もとい、石仏のような硬い表情をしていたに違いない。これを笑う者は東京湾の露と消えるであろう。なぜならば、社会人になった誰もが通過しなければいけない関門だからである。
【ダーウィンの進化論】
とは言え、昨年まで鼻水を垂らしていたこの不肖も4月から最前線で鍛えられ、進化を遂げたのである。先ほどの社長と商談をした後には「じゃ、仕事の話はここまで」と言って、二人してタバコの煙をくゆらすのだ。ハナタレからペイペイへ、そして、ペイペイから社会人へと目まぐるしく変わった環境の中を進化してきたのである。今や逆に「このイベントの案件取ってきてくださいよ、協力しますから」と相手の案件に対しても口を出しているくらいである。ちなみにわたしが勧めているのは、エアーレースと呼ばれているプロペラ機のレースである。昨年度の観客動員数は、世界各地で10試合行われ、400万人ほどだとも言われている。必ずそのうち、日本でも開催されるはずである。
とまぁ、話せば長くなり、つらつらと書き連ねてしまうわけであるが、来年度入社する諸氏には、とにかく安心していただきたい。こんな奴でもまっとうに社会人をしているのである。「オレだったら、アタシだったら、もっと上手くやれる!」と大きな自信を持って、4月を迎えていただきたいと思うわけである。
稚拙な文章だったと思いますが、少しは楽しんでいただけたでしょうか。
次のライターは、アルビさんです。よろしく。