わたしはきっと、人の感情に疎い。

そう気がついてから、じゃあどうやって人の気持ちや思っていること、求めているもの・ことを読み取っているのかなと考えてみた。

 

おそらく、状況や環境、情報から計算をして読み取っているだけなのだ。

例えば、ノートはあるのにペンが無い状況で相手が何かを探していたのなら、ペンを渡せばきっと喜んでもらえる。

数日前に足を怪我したと言っていたら、なるべく歩かなくて済むような予定を組む。

 

それでなんとかなってきたし、ありがとう、と喜んでもらえるなら問題ないと思っていた。

 

最近ようやく気がついたのは、状況ではなく感情を消化しようとすることが理解できないということ。

 

かつて🦁くんが、「ねーじゅちゃんに色々言われるのがしんどい」と言った時に、わたしは”状況”をなんとかしようと思ってしまうから、「言う回数を減らす」という発想になってしまうけれど、彼いわく、「またしんどくなったらこうして伝えさせてもらえれば良い」と。

 

わたしにはその言葉の意味が全く分からなかったし、そうすることで何が変わるのかも謎だった。今だってしっくりきていない感覚がある。

むしろ、状況を変えられない方がわたしには辛いことだった。

 

そもそも、「話して楽になる」の感覚がわたしには理解できないから、”誰かに相談する”という行為の意味は、”状況を改善する”と等しくなる。

 

だから、「読み取れないこと」が起きると困ってしまうのだ。

ある程度のことは、”疲れている”とか”気分”とか、”八つ当たり”なんかも起こりうることは分かっているけれど、じゃあ仕方ないね、で済ませることができないことの方が多い。

 

「どうにもならないこと」を延々と話してしまう感情を受け止められる寛容さが欲しい。