「あなたは、わたしの目に高価で尊い。
わたしはあなたを愛している。」
(イザヤ書43章4節)
このみことばを、わたしは何度も心の中で
繰り返してきました。自分が愛されている
存在だと、どうしても思えない日もありま
す。過去の言葉、傷ついた記憶、心の奥に
残る痛み――
それらが、静かに「わたしなんて」とささ
やいてくることもあります。
でも、イエス様の愛は、そんなわたしにも
届いているのです。感じられなくても、信
じられなくても、その愛は、変わらず、静
かに、わたしのそばにある。
教会は、その愛に触れる場所です。
カトリック教会は、平日でも扉が開いてい
ます。誰かに話しかけられることもなく、
ただ、祈りの空間に身をゆだねることがで
きます。イエス様のおられる御聖櫃の前で
言葉にならない思いをそっと差し出す。
マリア様の像の前で、そっと涙を流しても
いい。そこには、責める声も、評価もあり
ません。
ただ、「あなたは愛されている」というみ
ことばが、静かに、でも確かに、心に響い
てくるのです。
わたし自身、「愛されている」と信じきれ
ない日もあります。でも、それでも、あな
たにもイエス様の愛を知ってほしいと願っ
ています。イエス様の愛は本物だから。
少しだけ勇気を出して、お近くのカトリッ
ク教会へ足を運んでみてください。
祈りの言葉がなくても、沈黙でも、涙でも
――
イエス様は、あなたのすべてを受け入れて
くださいます。あなたは間違いなく愛され
ています。
