『時間が二人の間に距離を作り、やがてその距離を当たり前のものに変えていった。』
かつて一線を越えた二人が、現実に引き離された後、偶然の再会で再び交わる――そんな物語です。
「久しぶり」
少し迷うような視線を向けられて、しばらくしてから小林はやっとスマホから顔を上げた。軽く眉を上げて返す。
「久しぶり、こば」
相変わらずの呼び方だ。声も昔と変わらず淡々としていて、ただの癖みたいな軽さ。
小林も特に気にするほどでもない。
「最近どう?」
「まあまあかな。FCの一周年イベントの準備で忙しくて、今日もそれで来たの」
渡邉はあっさり答えた。小林がその話にそこまで興味がないことを、なんとなく分かってるみたいな口調で。
「こばは?」
「卒業してから少し休んでた。最近やっと復帰の準備始めたところ。打ち合わせとか、色々あってさ」
「そっか。おめでとう」
渡邉の笑顔は浅くて、どこか形だけの祝福に見えた。
それからは中身のない世間話が続いた。
周年イベントの予定だとか、復帰後の話だとか。
小林の視線はときどき周りに流れて、少し離れたところでマネージャーたちが話し込んでいるのが目に入る。二人のことなんて、まるで気づいていない様子だった。
このままじゃ、そのうち話すことなくなるな――そう思ったとき、ふとスマホに目を落とした。
表示された時間が、なんだかちょうどいい区切りみたいに見えた。
「理佐、このあと予定ある?」
渡邉が一瞬、動きを止める。少し戸惑ったような視線が返ってきた。
「一緒にご飯でもどう?」
本当に何気ない調子で、深い意味なんてないみたいに言う。語尾も軽くて、別にどっちでもいいと言わんばかりだった。
どうせ断られるだろう。
少し気まずいこの再会も、それで自然に終わるはずだ。
時間も遅いし、事務所で微妙な空気になるくらいなら、さっさと帰ってソファでドラマでも見たほうがいい。
渡邉が少し眉をひそめるのが見えて、「無理ならいいけど」と付け足そうとした、その瞬間――心の中で、もう二度と誘わないと決めかけた時。
「いいよ」
返事は驚くほどあっさりしていた。わざと間を取ったみたいな、ゆっくりした言い方で。
小林が反応を返さないまま数秒経ってから、渡邉がもう一言付け加える。
「何食べる?」
結局、二人は以前あるメンバーが勧めていた洋食屋に行くことにした。
事務所を出ると、東京の街はすっかり夜の雰囲気になっていた。
七月の終わりとはいえ、まだ暑さは残っていて、昼間の熱がアスファルトからじわっと上がってくる。街灯がつき始めて、オレンジ色の光がネオンと混ざり合い、歩道にまだらな影を落としている。
渡邉は小林の少し後ろを、静かに歩いていた。距離はだいたい二歩分。足音もほとんどしない。
何度か歩くペースを落とした。追いつくのを待とうとして振り返ると、渡邉はわざとなのか無意識なのか、いつもきっちり少し後ろに立っている。
その微妙すぎる距離感に、内心で思わず白目を向けたくなる。
まあ、いいか。迷子になるわけでもないし。
後ろに人がいるあの変な感覚を、そのまま受け入れることにした。渡邉も何事もない顔でついてくるし、今さら指摘するのも面倒だ。
道中の会話はぽつぽつと続くだけで、渡邉の返事はどれも短い。どこか距離を保っているみたいだった。
小林も深く聞こうとはしなかった。
――昔から、そういう性格だ。
レストランは静かな路地の奥にあった。
二階建ての白い洋館で、外には手入れされたラベンダーの鉢がいくつも並んでいる。
ドアを開けると、柔らかい照明が店内を照らしていて、エアコンの冷たい空気が夏の蒸し暑さを一気に追い払った。
店員に案内されたのは窓際の端の席だった。席の間隔も広めで、周りを気にせず話せそうな距離感だ。
料理が来るまでの会話は、正直ちょっとぎこちない。
小林は何度か思った――これ、家でカップ麺食べてたほうが楽だったかも、って。
渡邉の視線は皿とグラスを行ったり来たりで、目が合うのはたまにだけ。
人と話すとき、ちゃんと相手を見るのって、そんなに難しいんだろうか。
そう思いながらも、もうどうでもよくなって、ワイングラスを手に取って軽く一口飲んだ。
照明を反射したワインが、金色にゆらっと揺れる。ふと視線を落とすと、渡邉の前に置かれたエビのパスタが目に入って、思わず小さく笑ってしまった。
「どうかした?」
渡邉が顔を上げて、少し眉を寄せながらこちらを見る。本気で理由がわからない、という表情だ。
「ううん、別に」
首を振ったけれど、口元の笑みはなかなか消えない。
「たださ、好み、全然変わってないなって思って」
渡邉は一瞬きょとんとしてから、フォークでパスタをくるくる巻きながら言った。
「私、結構一筋だから。好きなものはあんまり変わらないんだ」
「昔好きだったものは、今も好き。」
声は店内のBGMに紛れそうなくらい小さかったのに、不思議とちゃんと耳に残った。
手が一瞬止まる。フォークを持ったまま、自然と渡邉の伏せた横顔に目が向いた。
少し考えて、それでも口から出たのは、「そっか」。それだけだった。
でも、その短いやり取りで、さっきまでの空気がほんの少しだけ和らいだ。
小林はワインをもう何口か飲んでから、ようやく自分のパスタに手を伸ばした。
店内にはBGMが流れていて、ときどき近くの席の話し声や食器の音が混ざる。
料理は確かにメンバーが言っていた通り美味しい。
けれど、さっきから繰り返されるあの呼び方だけが、どうにも引っかかって仕方ない。気づけば、じわじわイライラが溜まっていた。
「こば、もう一杯いく?」
渡邉の視線が、小林のほとんど空になったグラスに向く。自分のグラスには、まだ少し残っている。
小林はゆっくりグラスを置き、指先でテーブルを軽く二度叩いた。眉を上げる。
「ねえ、いつまでその呼び方するつもり?渡邉理佐」
その瞬間、渡邉の動きが止まった。眉がさらに寄って、視線が宙をさまよい、最後は窓の外の明かりへ逃げる。
二人の間にまた、沈黙。
ピアノの音だけが、何事もないみたいに流れ続ける。
その横顔は見慣れているはずなのに、もう怒る気力すら湧いてこなかった。
ただ、疲れただけだ。
椅子にもたれ、渡邉の様子を見て、口元を少しだけ歪める。伏し目がちに、小さく首を振った。
「もういいよ」
もういいよ。それ以上は言わなかった。
昔のことも、全部含めて。
小林は黙って麺を食べ続けた。
渡邉は数秒して、強く結んでいた唇をようやく解いた。
何年も呼んでいなかった名前が、絞り出すみたいにこぼれた。
「……ゆい」
BGMに紛れそうなほど小さな声だったけど、必死さだけははっきり伝わってきた。
「うん」
返事は淡々としていたけれど、ほんの少しだけ空気が変わる。
張りつめていた空気が、ようやくほどける。話題は、仕事からいつもの日常の話へ移っていった。
渡邉が最近また一人でどこかの国行ったとか、齋藤がこの前、小林の家で一緒に観ていたドラマの話だとか。
渡邉の声には、もうさっきまでの冷たさはない。短い返事の中にも、ときどき笑いが混じる。
それを見て何も言わず、ただ静かに口角を上げた。
食事が終わる頃、小林はスマホで時間を確認して、会計をお願いした。
二人は並んで店を出る。来た時より静かになった路地で、街灯が地面に二人の影を長く伸ばしていた。
「じゃあ、またね?」
少し背の高い渡邉を見上げて、軽く言う。
「うん、また」
小さくうなずく。
「その“また”ってさ、また二年後とかじゃないよね?」
冗談っぽく、小林が笑う。
「そんなことしない」
渡邉はまっすぐ小林を見て、迷いのない声で言った。
夜風がふっと音をさらっていく。街灯の光がその瞳に映って、揺れない湖みたいに静かだった。
小林はそこに、はっきりと自分の姿を見た。
初めまして、hsinです。
読んでいただきありがとうございます。
この作品は私の友人Underbar さんが執筆したものです。私自身がとても気に入っており、作者の許可をいただいた上で、このプラットフォームにて公開しています。
本編と番外編を合わせて約6万字の長編で、すでに完結済みです。
原文は繁体字中国語で、AIツールを使って日本語に翻訳し、さらに作者本人にも校正してもらいましたが、それでも表現の不自然さや誤りが残っている可能性があります。どうかご容赦ください。