近江彦根の英雄 井伊直政 | 近 江 武 将 伝

近江彦根の英雄 井伊直政

まず第一回目は、僕が生まれた滋賀県彦根市にとても関わりの深い武将の話です。

彦根市は、徳川譜代の井伊氏の居城、彦根城の城下町。



井伊氏を語る上で欠かせないのは、大河ドラマ「篤姫」にも登場した、江戸幕府大老井伊直弼公、
そして、井伊氏中興の祖である、井伊直政公です。


今日は、徳川四天王として、数多くの戦場で先鋒を任され、「井伊の赤鬼」と恐れられた猛将、井伊直政公について語りたいと思います。




井伊氏は、徳川譜代家臣団に多いいわゆる「三河武士」の家柄ではなく、遠州(静岡県)井伊谷のあたりを根城にした土豪でした。

直政の祖父でもある井伊直盛は、当時静岡県のあたりで強大な勢力を誇っていた今川氏に仕え、
かの有名な桶狭間の戦いで戦死をしています。その後、父直親は謀反の疑いをかけられ誅殺され、
直政は総じて不遇の少年時代を過ごしました。

その後14歳の時、徳川家康に見いだされ、家康の寵童として側近くに使えるようになりました。
幼少の頃の直政は世に聞こえた美少年だったそうです・・・。


しかし成長するにつれ、猛将の血と戦の才能が表出し、戦場ではすさまじい槍働きで
数多くの武功をあげ、当時の徳川軍団の期待のホープとして頭角を現しました。

やがて、直政が22歳の時長篠の戦いが勃発し、無敵を誇る武田軍団が敗北、瓦解した。
武田軍団の敗残兵を引き取った家康は、武田軍団精鋭中の精鋭、山県昌景の赤備え部隊を、
当時まだまだ新進の部隊であった井伊隊に編入させるという大胆な人事を行い、
ここに「井伊の赤備え」が誕生しました。


このとき、直政にとって先輩格にあたる榊原康政は、大層嫉妬し、怒り、徳川家筆頭家老の酒井忠次に
人事の不満をぶちまけたという逸話が残されています。



それからの井伊隊は世に聞こえる徳川軍の先鋒部隊として数々の戦場を駆けめぐり、その武勇を天下に
轟かせました。
「赤鬼」の称号を得た井伊直政は、まさに鬼そのもので、常に自軍の先頭を自ら駈け、生傷が絶えることはなかったとのことです。
また、部下にも非常に厳しく、「赤備え」の名を汚すような失敗をした部下や不相応な行いをする部下を躊躇せず手打ちにするというという非情な一面も持ち合わせたため、「人斬り兵部」として家中でも恐れられていたようです。
※兵部:井伊直政の官位「兵部大輔」の略称


やがて天下分け目の大争乱、関ヶ原の戦いが勃発。
このときも直政は豊臣恩顧の大名で編成された東軍の軍目付として、本多忠勝と共に徳川大名を代表して
参戦。
合戦の火蓋をきったのは、他ならぬ直政でした。

しかしこれは、「駆け抜け」と呼ばれる軍規違反でした。
本来であれば福島正則が先鋒を任じられていたため、彼をさしおいて勝手に戦闘を始めることは許されず、福島正則は、この軍規違反にひどく激怒したと言われています。


しかし不思議なことに、家康はこれを「さすが兵部」と膝を打ったそうです。
豊臣恩顧の大名が名を連ねる東軍の中で、徳川譜代が「おいしいところ」をしっかりと掠めとったことに、家康はおおいに満足したそうです。

しかし、直政の、徳川譜代としての責任感に満ちた働きは、関ヶ原の最終局面に、ある不幸を招きました。

関ヶ原最終局面、西軍諸将が壊滅、壊走し、東軍の勝利が確かなものになった頃、
それまでじっと動かなかった、「鬼島津」の異名で知られる島津義弘率いる島津軍が戦場のど真ん中を
横切るように突如疾走、退却し始めたのです。

精兵で知られる薩摩隼人が黒い塊となって戦場を疾駆してきた時に、福島正則をはじめとする東軍諸将は
あっけなく切り崩され、島津隊をみすみす戦場の外に逃がしてしまいそうになります。


完全勝利間近に起こった東軍の大失態を挽回すべく、力を振り絞って島津隊に喰らいついたのが、
松平忠吉、本多忠勝、そして井伊直政でした。

その折、島津軍がとった戦法は、「捨てがまり」と呼ばれる決死の玉砕戦法。
その中でも直政は見事、島津家重臣島津豊久を討ち取りますが、
玉砕部隊が放った鉄砲玉に撃たれ戦線を離脱。


ここに、直政の戦いの歴史は終息しました。

戦いの鬼であった直政は、長年の過労がたたり、その鉄砲傷がもとで破傷風を発症。
1602年2月1日に、この世を去りました。





僕のふるさと、彦根駅の駅前公園では、今でも井伊直政公の雄姿を拝むことができます。




井伊直政公の命がけの働きによって、彦根35万石が井伊氏に預けられ、
その後長きにわたって、井伊氏は代々近江彦根の地を守り続けました。

余談かもしれませんが、僕が子どもの頃、井伊家16代当主の井伊直愛(なおよし)さんが、
9期に渡って彦根市長を務めておられ、「殿様市長」と呼ばれて皆に親しまれていました。



機会があれば、殿様市長が建てた「井伊直政公像」に会いに行ってみてください。

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