熊本地震(Mw=7.3, 6.5)で,阿蘇や大分あるいは南西側に余震(?連震?)が起きている.これと関連して阿蘇火山(カルデラ)噴火の可能性に言及する人たちもいるようだ.

当方は,Aso-IV (9万年前)以降の中央火口丘群では苦鉄質マグマの活動が多く,珪長質なものは草千里が目立つ程度なので,大規模には珪長質マグマは溜まっていないものと思っていたのだが.少し文献を眺めてみた.結論としては,差し当たり巨大噴火からは遠いだろう.

地球物理学関係では,Sudo and Kong(2000)は阿蘇カルデラ下の地震波速度構造を求め,2つの低速度異常を見出している.一つはカルデラ中央から北側の浅所(〈3㎞)でもう一つは中央火口丘下約6㎞深付近での20-30%の速度低下があり,これが現在の活動マグマ溜まりとしている.図3を見ると阿蘇カルデラ北西側1/3の地震は深さ10㎞付近まで分布しており,この部分は低温(<350℃)であることを示唆しているように思える.須藤ほか(2006)では水準測量結果から草千里の南の深さ約6㎞に活動に伴う減圧源がありそれを現在の活動のマグマ溜まりとしている.

Abeほか(2010)は,阿蘇カルデラの地殻構造をreceiver function解析とGAインバージョンから見積もり,この付近のモホ面が30-35kmであり,地殻下部が全体に速度異常を示している.深さ15-20㎞に低速度域がレンズ状にありメルトだと15%,流体だと30%を含むとしている.著者らは流体押しのようだが,15km*15km*5km*0.15=163km^3程度のメルトが溜まっていると考えて良いものか?Unglert et al.(2011)では横波スプリッテイングから地殻の異方性を調べているが,2003年の貫入イベント(全体にGPSで収縮の中で一時期伸長になり地表の噴火活動も活発化,e.g., Miyabuchi et al.2008)では深さ15㎞の溜まりへの供給があったとしている.下図はAbe et al.(2010)Fig.12.

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地質学分野で,Miyabuchi(2009)は,Aso-IV以降の活動,特にテフラの詳細な記載を行い,それらの総量が18.1km^3に及び,その中で珪長質で大きなものは,野尻軽石(84ka)と草千里噴火(30ka,2.2km^3)であることを示した.中央火口丘全体での9万年間の噴出物体積は112km^3であり,平均噴出率は1.5km^3/kyで,他の第四紀火山と類似した値になっている.中央火口丘の活動が順調に行われている間,別に巨大噴火用の溜まりが準備されるものなのだろうか?

岩石学方面では,Kaneko et al.(2007), Kaneko et al. (2015)は阿蘇カルデラ最後の最大噴火であるAso-IV,IIIの噴出物の全岩組成,鉱物組成から,それらのマグマが成層マグマ溜まりから供給されたことを示している.マグマ温度の推定は初期のデイサイトが810-960℃,後期の玄武岩質安山岩が940-990℃,含水量は4-8wt%とされている.圧力見積もりは誤差が大きいとされている.Miyoshi et al.(2011)はAso-IVとその後のPost-caldera噴出物の比較をおこない,それらが異なる化学的性質を持っており,独自のマグマの活動がPost-calderaで生じているとしている.Miyoshi et al.(2013)ではAso-IIIやIVとほぼ同時(直前)にカルデラから20㎞程度離れた部分で類似したマグマのかなり大規模な噴出活動があったことを示している.それらの活動での噴出量はカルデラ噴火の6.3%に相当する.もしカルデラ噴火があるとすれば,阿蘇では何らかの側火山の活動が予兆となる可能性が強いことを示している.

全体として,それでどう考えるかは分かれる処なのだろうが,主要な溜まりはやや深い(15㎞)と考えた方が良いだろう.中央火口丘でも珪長質噴出物は見られるが主体は玄武岩質安山岩であり多量の珪長質マグマが溜まっているとは考えにくい.基線長(国土地理院GNSS阿蘇 http://www.gsi.go.jp/BOUSAI/aso_kisen.html)は長期的に収縮傾向なので差し当たり巨大噴火が生じる可能性は小さいだろう*.Miyabuchi(2009)が示したようにPost-calderaの活動は通常活火山並だとしても阿蘇が異常な高マグマ供給率であればどこかに溜まる可能性はある.その辺りはもう少し地球物理学と岩石学が頑張る必要があるように思った.

*うさ博士から,15㎞の深さのシル状溜りだと現在の基線長では変動がでないのでは,という指摘があった.確かに,現在の基線長は12-13km程度なのでもう少し広域のGNSSデータの変動を見たいところだ.桜島ー姶良のように2つのスケールでのGNSSデータを見れると有難い.(2016.4.19.21:55)

(参考文献)
Abe et al. (2010) Crustal structure beneath Aso caldera, southwest Japan, as derived from receiver function analyses. J Volcanol. Geotherm. Res., 195, 1-12.

Kaneko et al. (2007) Repeated large-scale eruptions from a single compositionally stratified magma chamber: An example from Aso volcano, Southwest Japan. J Volcanol. Geotherm. R,es., 167, 160-180.

Kaneko et al. (2015) Magma plumbing system of the Aso-3 large pyroclastic eruption cycle at Aso volcano, southwest Japan: Petrological constraint on the formation of a compositionally stratified magma chamber. J. Volcanol. Geotherm. Res., 303, 41-58.

Miyabuchi et al. (2008) Geological constraints on the 2003-2005 ash emissions from the Nakadake crater lake, Aso volcano, Japan. J. Volcanol. Geotherm. Res., 178, 169-183.

Miyabuchi(2009) A 90000-year tephrostratigraphic framework of Aso volcano, Japan. Sed. Geol., 220, 169-189.

Miyoshi et al., (2011) Genetic relationship between post-caldera and caldera-forming magmas from Aso volcano, SW Japan: Constraints from Sr isotope and trace element compositions. J Mineral. Petrol. Sci., 106, 114-119

Miyoshi et al. (2013) Lateral magma intrusion from a caldera-forming magma chamber: Constraints from geochronology and geochemistry of volcanic products from lateral cones around the Aso caldera, SW Japan. Chem. Geol., 352, 202-210.

Sudo and Kong (2000) Three-dimensional seismic velocity structure beneath Aso volcano, Kyushu, Japan. Bull Volcanol., 63, 326-344.

須藤靖明ほか(2006)阿蘇火山の地盤変動とマグマ溜まりー長期間の変動と圧力巌の位置.火山51,291-309.

Unglert, et al. (2011) Shear wave splitting, Vp/vs, and GPS during a time of enhanced activity at Aso caldera, Kyushu. J Geophys. Res., 116, B11203, doi: 10.1029/2011JB008520.


PS 4月25日に届いたElements誌は丁度,珪長質火山と深成岩の特集.Pritchard and Greggの総説では地球物理学的な手法による深部溜りの観測がまとめられているが,チリーボリビアーアルゼンチンのセクションで詳細な断面図が描かれていてやはり15-20㎞の深い低速度層と浅い溜り(<10㎞)が見出されている.それにしても,表紙のTorres del Paine Laccolithの写真やYosemiteの写真を見ると全面露頭で感心(今更).

PS2 4月26日は産総研のカルデラに関する研究集会が秋葉原であるが,行けないのは残念.Live 中継あるいはビデオ公開してもらえると良いのだが.