3月31日土曜日15時から第10回人間学勉強会を開催しました。今回のテ-マは、『中庸の道を往く』です。
中庸とは、論語ですが、尊子が孔子の教えを素直に受けて、その弟子とともにつくられた書物が『大学』です。尊子の後、尊子の教えを受けた子思という弟子がつくったのが、『中庸』です。孔子の教えを少し理論的に解明したのが『中庸』という書物だそうです。
ソクラテスは人間が立派になるためには「汝自身を知れ」、「自分を知れ」といっています。孔子は「五十にして天命を知った」ということは、「自分の存在の意味を知った」ということです。その自分自身の性に従ったその人独自のル-ルがあり、そのル-ルを知ることが大切になります。その性に従って行くそのそのル-ルが「道」というものですが、この「道」というものを自分で探そうと思っても容易ではありません。
自分のものとして道を修めて到達した人が、あとから来る人の為に示したもの、それが「教え」です。
私達は、教えを聞く、あるいは学ぶことによって、どういう方向へ行ったらよいかという道を知ります。学んでも人それぞれ違うので
ただ、まねるのではなく悟るというところまでいかなくてはならないそうです。
中庸は、リ-ダ-が学ぶべき学問というだけあって、とても奥が深いと感じました。