先日の人間学勉強会の続きを書きます。
天命を知るということは十年、着実に歩んだから至る境地ではないということです。
この境地は比較にならない展開をするということ、「無」を知ったということ、この無から無限のものがでてくる。
私達が、みんな生まれるのも生きるのも、天の働きによるものです。私達はすべて天から生命を与えられているから、全く自由で平等です。しかし、すべて同一かというとそうではなく、人間がそれぞれ顔が違うように、それぞれにおいてその人だけがもっている働きというものが、天から生まれながらにして与えられている。その人だけの使命が与えられているのです。
孔子は、50歳になって天の声が分かったということです。松下幸之助氏に関しても最初は、利己的なことが多かったそうですが、
事業をやって金を儲けて、栄華を極め、そしてさらに・・・と最初は思っていたが、途中で悩みが生じて、あちこちに教えを受けに行き、昭和7年5月5日に天の声が聞こえ、会社の使命はどこにあるかと考えて事業をするようになったということです。
この使命感は説明できないもので、即ち極限状態に置かれた時に自ら発揮されるものだそうです。
又、極限状態に置かれた時の対応で人間が決定されるということです。
いい時に人間の真価というものはわからないもので、悪い時にどう乗り切ったかで人間の真価が問われるものだと思います。
長い人生を生きていれば、いいことばかりではなく、大変なことも多いでしょう。そんな時、このことを思い出そうと思います。