稚内も、もう冬か。
滑走路には白化粧、鹿は餌取りに精を出す。
彼らこそ季節の変わり目をよく理解していて、
食欲と生存欲が警戒心を上回る。
だとすると、人間など警戒するに値しない生き物と認識されているのだろう。
初めてお会いしたのは、10年くらい前になるだろうか。
企業人的ランクで言えば、
当時の俺など会えるわけもない人だったのだが、
こっちも企業の大きさを利用して懐に入り込むことだけに時間を費やしたことを覚えている。
それから、何かの機会にはお電話をいただいたり、時には居酒屋で酒を酌み交わしたり、
親子ほどの年齢差にもかかわらず、本当に可愛がってくれて、本当にありがたい限りで。
仕事でお返しすることも忘れなかった。
この縁がなければ、あの大きな出来事もなかった。
余命宣告みたいなものなのだろう。
治療は続けているが、あと一年もたないかもしれないと、時折笑顔も交えながら。
病状を伺って、素人の俺でもなんとなく理解出来た。
この方は、この状況に於いても、
変わらず逞しく。
過去の経緯と今の状況に、気持ちの揺らぎをエッセンスとして加えながら、最善の答えを導き出す。
今日の仕事は終わった。
満足された表情に心が少し安らぐ。
名刺の裏に携帯番号を書いて手渡す
奥さまにお渡しください。と。
これが最後の仕事になるのかも知れない。
「また飲みに行こう」とお誘いいただいた。
死を覚悟したヒトを目の前にして
微笑ましいことなど何ひとつない。
ただ、こんな状況になっても
いや、こんな状況になってこそ、
頼っていただいて、
この仕事を社内で起業して、
大きく育て続けてきたことを、本当に誇りに思った。
不謹慎を承知で。
忘れない限り、ヒトは滅することはない。

