これまで、ずっとネット上での中傷や成りすましによる
いじめに長く苦しんできました。
自分の存在を否定されるような言葉に、何度も心が折れそうになりました。
その中で、心も身体も深く疲弊していくのを感じました。
障害があることで、日常の多くのことに制限があります。
それは移動や食事だけではなく、性的な欲求にも及びます。
自分の手で自分の身体に触れることができない。
マスターベーションができないということは
単に性的な快楽が得られないというだけではありません。
自分の身体を自分で感じることができないという、深い孤独があるのです。
誰かに抱きしめてもらいたい。
胸に顔をうずめて、安心したい。
そんな願いを持つことが、なぜ「いけないこと」のように扱われるのでしょうか。
俺が求めているのは、ただの性的な行為ではありません。
それは、無償の愛に近いものです。
触れ合いの中にある優しさや、心のつながり。
それが、俺にとっては「生きている実感」そのものなのです。
特に、佐久市で暮らす女性の方々に、こうした思いを知ってもらいたい。
俺は、性的な介助や支援も、ケアの一部として認められる社会を望んでいます。
この文章を読んで、不快に思う人もいるかもしれません。
でも、俺はこの気持ちを隠したくありません。
これは、人間としての自然な感情であり、尊厳の一部なのです。
どうか、俺の声が誰かに届きますように。