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ちょっと、「天国・地獄」について語ってみましょうか。
曹洞宗の開祖道元は、「三世の因果はくらませられない」って言ってるんだよね。確か、哲学者のカントも「現世の因果は来世を考えなければ辻褄が合わない」みたいなことを言ってたのを、どっかでちらっと見たような気がするけど。
「三世の因果はくらませられない」っていうのはどういうことかって言うと、「過去世・現世・来世と続く原因と結果の連鎖からは、逃れられません」ということです。
ものすごく分かりやすく言うと、「責任は必ず取らされます」ということですね。
しかしこれは、考えてみれば、当たり前のことです。
子供の頃、これは特に顕著だったのではないでしょうか。
子供の頃は、いい子にしていれば褒められたし、おいたをすれば叱られました。
これが、当たり前です。よい行いは称賛され、悪しき行いは処罰される。
こうでなければなりません。
これが、仏教で言う「因果」というものです。
せっかくいいことをしても、認めてもらえなければ悲しいし、悪いことをしても、罰せられなければ、世間の人々は黙っていないでしょう。
本来は、これが当たり前だし、こうでなければならない訳です。
しかし、この世というのは、ある意味、人間が統べている世界ですから、必ずしも、このとおりにはならないことがある訳です。
いいことをしても評価されなかったり、悪いことをしても、罰せられずにのうのうと暮らしてるという現実があります。
人間の目は、当てにならないものだからです。
しかし、「霊界」というところは違います。霊界というのは、100%、神が支配している世界ですから、絶対に、見過ごされることはないのです。
霊界においては、必ず、人の善行や悪行はあばかれ、白日のもとにさらされて、報いを受けることになります。
道元とカントは、この事を言っているのです。
子供の場合、ほぼ100%、信賞必罰が確立しているのは、100%、親の支配下にあるからですね。
もちろん、道元もカントも、霊界を見て来た訳ではありませんが、言ってることは、至極もっともと言えるでしょう。
この世で帳尻が合わなかったことは、ちゃんとあの世で合わせられるのです。この世とあの世のセットで、物語が完結するようになっているのです。
だから、この世で頑張ったけれども、陽の目を見なかった人には、天国がなければならないし、この世で悪行を働いたけれども、ばれずにのうのうと生涯を逃げ切った者には、地獄がなければならない訳です。
そこで、今回は、ほんの少しですが、「地獄」について述べてみます。
地獄について踏み込んで書くのは、そんなになかったかも知れません。
しかし、地獄と言っても、そんなに難しいものではないのです。
源信の「往生要集」にも、地獄の描写があるかも知れませんが、これはいささか時代遅れに過ぎるかも知れません。
前にも書いてますが、「霊界」というのは、「思いの世界」なのです。
だから、天国的な思いを持っている人は天国に上がるし、地獄的な思いを持っている人は地獄に堕ちるという、ただそれだけのことです。
早い話がそういうことです。
「天国・地獄」と言うけれども、それは、自分自身が心に描いている世界なのです。
天国の側から見れば、地獄かも知れなくても、地獄にいる者にとっては、まさにそこが天国かも知れないのです。地獄というのは、地獄に堕ちた者にとっての天国かも知れないのです。
わかりますでしょうか。
たとえば、チンピラや暴力団員など、抗争ばかりしている人は、「阿修羅地獄」という、闘争と破壊の地獄に堕ちると思いますが、ここは、四六時中、暴行や殺戮が繰り広げられている世界です。
普通、穏やかな人であれば、こんな世界は「地獄」だと思う訳ですが、抗争好きな人にとっては、四六時中喧嘩三昧でいられる訳ですから、この上ない天国かも知れません。
それから、たとえば、不倫ばかりしている人、いますね。
いつも男女の交わりを感じてないといられない人、こういう人は、「色情地獄」とか「血の池地獄」と言われる地獄に堕ちるでしょうが、四六時中、延々と、思う存分性行為三昧に浸れるのですから、この世界も、そういう人にとっては、地獄ではなくて、天国かも知れないのです。
そういうことです。
「天国・地獄」と言うけれども、天国・地獄というのは、実は、閻魔大王に言われて行かされるところでもなんでもなくて、自ら望んで赴いていく世界なのです。
それが、「霊界は思いの世界である」ということの証しです。
天国も地獄も、自分の望む世界なのです。
だから、今、生きている自分の思いの世界が、そのまま継続していくだけなのです。
いつも怒ってばかりいる人は、「火焔地獄」という世界に行くかも知れないし、欲が強い人は、「餓鬼地獄」という世界に行くかも知れませんが、あくまで、それは、最もその人にふさわしい、最もその人らしい世界に行くというだけなのです。
「天国・地獄」というのは、自分自身の理想世界なのです。
これでおわかりいただけましたでしょうか。
今まで、怖いイメージで地獄を語っていたかも知れませんが、ふたを開ければそういうことです。すなわち、「地獄、地獄」と言っても、そこは必ずしも苦しいだけの世界ではなく、水を得るような世界かも知れないのです。ただしそこは、神や天使から見たら、地獄でしかないことは言うまでもありませんが。
自分が、今ここで死んだら、天国に行くのか地獄に行くのかと思うかも知れませんが、現在の自分の心境と同じ世界に行くのです。自分がどんな世界に行くかは、霊能者に聞かなくとも、自分でわかるのです。
自分の今の心境を振り返って、「こんな世界には行きたくない」と思うなら、残された時間で、自分の心境を変えて行くしかありません。