なんか、今日の起きがけに悟っちゃってね。
人間の価値っていうのは、どれだけその人が、無償で他者に尽くしたかっていうことなんじゃないかなって思って。それによって、死後の行く先も決まってくるんじゃないかって。
武田邦彦っていう人が、「人間は、自分が生きる価値があるというだけでは価値がない。命が尊いと言うけれども、命それ自体に価値があるわけじゃなくて、その命が周りの命と関係している場合に生きる価値が出てくる」って言ってるんだけど、その通りだと俺も思うな。
例えば、ロビンソンクルーソーみたいに、地球上にたった一人だけで生きてたとしても、その一人にどんな価値があるかって言ったら、すごく難しいだろう。
武田先生は、極端な説を繰り広げるように聴こえるけど、俺はこういうズバッとものを言う型破りな人って好きだね。
世の人々っていうのは、自分が、人間として、いったいなんのために生きてるのかっていうことが、よくわかってないんじゃないかと思うね。
人生の意義っていうものを、おいしいものを食べることだとか、パチンコをすることだとか、歌うことだとか、踊ることだとか、酒を飲むことだと思ってる人がいる。趣味に没頭することだと思ってる人もいる。仕事に打ち込むことだと思ってる人もいる。
じゃあ、生まれてよりこのかた、自分は飲んで食って歌って踊って、仕事して趣味に興じて生涯を終えたぞっていう人が、特になんの意味があんのか、ね。
世界を見渡してみると、すべて、与えてるものだけに価値があるんだよね。例えば水だって、生き物に命を与えるから価値があるんでしょう。家だって、人に安全を与えるから価値があるんでしょう。ただの液体とか、人が住まなくなった家なんか価値がない訳ですよ。
それと同じで、ただ生きてるなんて人間は、その時点においては価値がない。自分のために生きてる人間も価値がない。
人間の価値っていうのは、どれだけタダで、他人のために生きたかっていうことじゃなんないかと思うね。人間は、人から獲った数じゃなくて、人に与えた数で価値が決まる。
与えても、その分もらっちゃったら、意味ないんですよ。もらっちゃったら、全部チャラだもんね。差し引きゼロですよ。
仕事だってそうだと思いますよ。
仕事だって、毎日毎日、せっせせっせとやっているけど、金のためにやってる人は、ほとんど意味ない。
「私はこれだけのサービスをするから、あなたはこれだけの金をよこせ」っていうのは、奉仕でもなんでもない。与えてないもんね。
じゃあ、どこで差がつくかっていったら、儲けにならない部分ですよ。
だから、集まって電話して詐欺を働いてる連中なんかいるけど、やつらは奪い取るだけの人生に成り下がってるから、地獄にまっしぐらなんだよ。
人は、どれだけ他人様のためになったか、できればタダでね、そういうことで上にあがるんだと思うね。もらった数よりも、与えた数が上回らないと、ダメなんだ。
与えた分は得点になって、獲った分は減点になってるんだと思うね。
人生全部。
そのバランスで、きっと天国行きか地獄行きかも決まってるんだよ。