「智者は未萌に見る」(ちしゃはみほうにみる)という諺があります。
これは、戦国策に「愚者闇於成事、智者見於未萌」とある言葉で、意味は「賢い者は早いうちから物事を察知して適切な対応を取るが、愚かな者はいつまでたっても知らない」と言うことです。
これは僕が勝手に言ってることではなくて、諺に言われていることです。
例えば、駅のホームドアの設置問題がそうでしょう。
賢い人なら、事故が起きる前に、転落の危険を察知して犠牲者が出ないように未然に防ぎますが、愚かな人は、誰かが犠牲になってみないとわかりません。もっと愚かな人は、そうなってもボケッとしています。
僕が何を言いたいかというと、例によって神様と霊界のことです。
賢い人は、信仰を持って、死後に備えている訳ですが、愚かな人は、信仰を持たず、なんの準備もしないまま、そのまま死んで行きます。
まさに着の身着のままで死んでいくという感じです。
例えば、普段から災害の備えが万全の人と、全く無頓着な人とでは、いざ災害が起きたらどうでしょうか。
全く災害対策をしていなかった人は、着の身着のままで逃げてきて、結局、救援物資などをわれ先にと真面目にやっていた人より多く奪って、人様に多大な迷惑をかけます。
これではお荷物です。だから、自分の面倒ぐらいは自分で見れるようにして、そうならないようにしましょうという了解があるわけです。
では、なんにも準備しないで死んでいく人はどうでしょうか。まったく同じなんではないでしょうか。
僕は、口を酸っぱくして、「神様はいますよ、霊界はありますよ」と言ってきました。それでもまだわからない人は愚者です。
私たちは「後知恵」になることが多いのです。一番最後になってようやくわかって、「あのときああすればよかった」と言って必ず後悔します。こんなことはもうおしまいにしましょうと言っているのです。僕は、賢者の知恵を無償で授けてあげているのです。こんな親切な人は他にいないのです。
利口な人は、生きてる間にちゃんとしていて、死んだ後に困らないようにするのです。それに対してバカは、自分が死んだらどんなことになるか全く見当もつかない。僕が言ってきたことは、「見えてるものだけじゃなく、見えてるものの向こう側を見る訓練をしましょう」ということです。そうでないと、みんなに多大な迷惑をかけますよということです。