前回の「菩薩・如来」に続いて今回は「守護霊」の説明です。
守護霊についてですが、人間には守護霊がついているとか、守護霊に力があれば人生が好転するとか、力がないと不運になるとかよく言われます。
結論を言うと、守護霊はやはり存在するものであり、各人に1名割り当てられています。
では、守護霊とはどういうものかということですが、守護霊とは、自分の「魂のきょうだい」です。
人間というのは、「本体1、分身5」の6体で、ひとつの組になっているのです。そして、その中の1つが地上に人間として生まれている時に、残りの5つのうちのどれかが、守護霊の役目をするのです。
しかし、6体といっても、バラバラに切り離された個体が集まっているということではなく、6体でありながら、実は1つのものなのです。
ちょうど、人間の体が、頭・右手・左手・胴体・右足・左足というように6つの部位に分かれていても、全体で1人の人間としてまとまっているように、魂の構造も、頭・右手・左手・胴体・右足・左足に相当する部分がありながらも、1つの霊体としてまとまっているのです。

これを、人間の手に例えることもできます。
手は、手のひらと5本の指から成っていますが、全体として1つの手ですね。全体として1つではあるけれども、6つの要素から出来上がっている。このなかの1つがあなたであり、ほかの部分が魂のきょうだいです。このなかの1つが地上に出ているときに、残りのどれかが守護霊を務めているのです。
たとえば、あなたが小指だとするならば、薬指が守護霊をしている訳です。
手は、1人であって6人ですが、6人であって1人なのです。
1人であって6人、6人であって1人というのが分かりにくかったら、手のひらと1本1本の指に顔を描いてみればいいでしょう。

手としては1つだけれども、手のひら・親指・人差し指・中指・薬指・小指と、1つ1つが独立して見えるでしょう。
この指(か手のひら)の1つが、地上に生きているあなたであって、あとの残りの指(か手のひら)のどれかが、守護霊をしているということなのです。
これが守護霊の真相です。
ですから、巷でよく言われる、「守護霊というのは何代前のご先祖様だ」というのは、霊知識の誤りです。
守護霊というのは、自分の分身であり、もともと自分自身であるのです。
自分のことは自分が1番よくわかっているから、自分が自分の守護をするのです。
しかし、日々、守護霊に対して祈りを捧げたりして熱心に心を向けている人と、まったくそんなものを信じてない人とでは、当然、守護のされ方は違ってきます。
「守護霊がついているなら、どうして私はこんなに不幸なんだ」、「どうして事業に失敗するのだ」、「どうしてお金が儲からないのだ」、「どうして家族が病気で死んだのだ」、「おかしいではないか」と言う人もいるでしょう。
しかし、それは、先日も書きましたが、人間は自由にやらせるというのが大原則だからです。
地上の人間には、地上の人間の魂修行というものがありますから、主体性を損ねることはできないのです。
これを、完全にピノキオのような操り人形のように動かせるとしたら、地上の魂修行の意味がなくなります。そのため、過干渉はできないのです。ですから、人間のやることに、いちいち「右だ左だ」と指示を出せるわけではないのです。
そして、守護霊には守護霊の、霊界での仕事や生活がありますから、普段信仰心もなにもないような人のところへは、あまり助けに来ないのです。
これは、教師と生徒の関係や、師匠と弟子の関係でもそうでしょう。
師匠を慕いもせず、教えも請わないような弟子は、やはり放っておかれます。自分が「守護霊なんて知らない」と言っていて、守護霊からかわいがられるということはないのです。
「守護霊の導きを得たい」と思うなら、まず、守護霊を信じなければなりません。
そして、日々の生活のなかで、「守護霊様、ご覧になっていますか」「守護霊様、おはようございます」「守護霊様、私をお護りください」といったように、積極的に自分から守護霊に関心を持たなければなりません。
そして、うまずたゆまず心の修行を続けていけば、誰でも自分の守護霊の通信を直接に、または間接に受けられるようになります。そして、運勢は好転していきます。自分の守護霊と交信するところまでは、誰でも可能だと言われているのです。
