
批判してはじめて前進がある。こんな言葉を知ったのも20歳ころだと思う。
職場に入り間もない、20歳前半の頃上司の理想論を聞かされた。
その上司の批判を含んだ理想論に同意できた。
この業務において、若干批判的文を書いてしまった。
後日、その理想論を述べた上司から「トップになった人は飼い犬に手を噛まれたと言われているぞ」と
言われた。
その上司は私の若さを利用し自分の理想を実現しようとしたのだろう。
また、私は利用され口車にのせられたと言えるのだろう。
私の文章の添削公正の権限はこの上司にあった。
この文を書いたのは私であり、事実で、悪いことは書いてないとの意識があり弁解することはなかった。
以来私は後日トップになった人たちからにらまれ続けた。
現状を良くしようとすれば改革すべきことが解ってくる。
改革するのはこの業務携わる後輩や後任者のためでもある。
しいては世のためでは。
改革すれば「前例を踏襲していない」と前任者から恨まれ、嫉妬される。
とかくこの世は住みにくい。
漱石の草枕を思い出した。
智に働けば角が立つ。
情に棹させば流される。
意地を通せば 窮屈だ。
とかくに人の世は住みにくい。
職場も政治も常に批判する勢力は必要だ。
その守ろうとする者とのバランスが大切だ。
急激な改革や変化は反発もあり、抵抗も大きい。
そんな考えでいつでも少数を弁護し、いつでも現状を改革する意識があった。
そんなサラリーマン時代だったと思う。
労多くして益少なし
辞書によれば、批判とは
1 物事に検討を加えて、判定・評価する こと。
2 人の言動・仕事などの誤りや欠点を指し、正すべきであるとして論じること。
また、批判的思考とは、あらゆる物事の問題を特定して、適切に分析することによって
最適解に辿り着くための思考方法である。
人の言動・仕事などの誤りや欠点を指し、正すべきとあるがこの考えは全くない。
そんなところでエネルギーを使いたくない。
そして、適切に判断するとは難しい。
適切とは適当だろう。
批判は最も適切な解決に必要なことだ。
これは、いつも試行錯誤とおもう。
後日談であるが、いくつか改革したと思っていたが、後輩からすれば私は批判される立場になる。
その結果もとに戻ってしまった場合もある。
人生、徒労が正しいのかも。