最近は何かと食べ物の誘惑が多く
ボディコントロールに精をだす傍ら
スイーツには目がないHitomiです。
このブログを始めてからは
“ほぼ”毎日更新すると
最初からハードルを引き下げていた
にも関わらずこんな状況ですみません 笑
今更この題材ですか!?
と言われてもしょうがないのですが
トップページの簡単なプロフィールでは
伝わらない部分もあると思うので
もう少し僕の紹介をさせて頂きたいと思います
興味ないよ!
って方は画面を閉じてください 笑
1995年7月10日に神奈川県は横浜に
佐竹家 次男として生れる
その後は気づかぬうちに弟が増え
現在 5兄弟の次男という
生まれた環境から中間管理職を手に入れる
小学校に上がり
兄とともに柔道を始める
だがしかし、一向に結果が出ず
どうしようもない日々を過ごす
当時ガリガリだった僕のあだ名は「豆もやし」
中学校に上がり
柔道のルールに「締め技」
が追加されると覚醒し始める
少しづつ試合で勝てるようになるが
怪我に悩まされる
14歳の夏、腰椎分離(疲労骨折)を患い
痛みを引かすために1ヶ月安静という
安静期間を3~4回繰り返す
後にこの安静期間が僕の人生に
大きな意味をもたらしてくれる
柔道が第一だった僕にとって
安静期間は苦痛以外の何物でもなかった
当時の僕は結果を出す為だったら
誰でもなんでも僕の犠牲になればいいと
思っていました
そんな僕が柔道を出来なくなった時
周りのみんなが僕から離れていきました
そうではなかったかもしれませんが
当時の僕にはそう映りました
これではマズイと“人の心”について勉強しました
これは学校では教えてもらえなかった内容です
僕は一冊の本と出会いました
この本です
僕の小学生の頃からの夢が
「柔道の先生」
になることでした
そんな夢を見ている僕が
たかが10人程度の部活をまとめられないなんて
お話にならないと思い
当時僕が考え実行していた
完全エゴイストとは真逆の本を手に取りました
この本に書いてあった内容は
今でも僕の考えの中心にいると思います
そんな精神的な成長も手伝ってか
練習に復帰してからの柔道の伸び率が
ハンパじゃなかったのを今でも覚えています
15歳のときには、念願の神奈川県大会優勝を果たし
全国大会に出場することが出来ました
全国大会では1回戦で負けましたが
適切な努力と思考が結果に反映する
という貴重な実体験を出来たのは
大きな財産だと思いました
中学校の部活動を引退してからは
僕の人生が大きく動くので
そちらはまた別の記事で書きたいと思います
いくつの記事で完成するか
ちょっと楽しみです 笑
いったい僕の人生は何ページ分あるのでしょうか?
