ユニクロOsakaの4階のティーシャツ売り場は、
ちょっとした美術館だ。
明るいショウウィンドウにはマネキンのティーシャツをキャンバスとして、
いろんな画が飾られている。
最近、無性にティーシャツが着たくて仕方なかったわけに、
やっと気づいた。
心の奥深くで、
きっとイチローの引退を悲しんでいたんだろう。
16才の頃、
当時はオリックスに所属していたイチローの試合を見に、
友だちに連れられて神戸に行った。
なかなかボールが飛んでこなくて、
彼のプレーはあんまり見れなかったけど、
私はずっとその背中を眺めていた。
野球選手の寿命は、どんどん延びていく。
そう言っていた20代のイチロー。
私は彼なら絶対できると思っていた。
それがイチローを生で見た最初で最後の日。
私もそれから年を重ねて、
現実の壁にぶつかりながら、
私が愛した世界でもがき苦しんできた。
彼が愛する野球の中でもがき苦しんでいたのと同じ時間だけ。
ティーシャツ。
あのイチローのキレッキレなティーシャツは、
ジョークさえも深みや哀愁を帯びていって、
弱音も吐かなくなっていって、
だんだん無口になっていった彼の自己表現だったのかな?
ひたむきな努力や、
野球に対する愛情への、
心ない中傷の矛先をさっと変えてしまえる変化球。
自身がブランドになってしまったら、
どんなティーシャツでもサマになる。
私はイチローの引退会見を見れなかった。
引退すると聞いただけで切なくて仕方なかった。
いつかは来ると思っていた日。
偉大なスターが、
去るときは、拍子抜けするくらいあっさり去る。
泣くタイミングは、もう自分たちで選びなさい。
後は自分自身で考えなさいとでも言うように。
20代の頃の言葉が、
だんだん迫ってくるたびに、
理想と現実の狭間にいることがわかってしまう恐さ。
夢のタイムリミット。
その中でずっと苦しんでいたイチローのプライドを考えると、
やはり泣けてくる。
愛すべきスーパースター。
私は、彼へのオマージュで、
今日もティーシャツを着る。