タイトルの深い河には、いろんな意味があるようだけど、この作品の中ではすべての人間の業を包み込む聖なる河、インドのガンジス河を概ね指している。
インドって、主にヒンドゥー教、そして仏教。
遠藤周作って洗礼も受けたクリスチャン。
こういった宗教の違いさえも小さなことのように包み込み流れていく河。
性格に難があり、美しいため男性の目を惹くが人を愛せない美津子。
神への反逆か、それとも心の奥底では惹かれている部分があるのか、近づいてなんとか傷つけようとする、作者自身を投影している部分もあるだろう神父を目指す大津。
この他にもいろんな登場人物が出てくるが、みんなそれぞれ葛藤があり、いわゆる業を背負っている。
大津は、美津子に捨てられた後にキリストの元に戻る。
そしてクリスチャンながら、インドのガンジスで死にたいという老婆を背負っていく。
美津子は、そんな大津の姿に、自分がずっと満たされなかった理由を見出していく。
そして自身もガンジス河に浸かる。
ガンジス河には、哲学的に捉えると、人間の業を洗い流して浄化してくれると思わせるだけの何かがある。
そしてすべてを許してもらえた状態で死にたいと普通の人間なら誰しもそう思うだろう、宗教を超えた人の現世への切実な願いがある。
遠藤周作がこの作品を発表したのは70歳のときで、その3年後に亡くなっている。
最期に自身の業を洗い流すためにも書いたのかもしれない。
深い河、きっと私はまだまだ浅いところしか浸かっていない。
もっと奥まで行けば、また新しい何かが流れているのを見つけることができるかもしれない。