東日本大震災が起きてから1週間以上が経ちました。
地震当日私は、大宮でカウンセリング中でした。
その場で中断、クライアント担当者にあいさつし、会社に戻ろうと駅に。
もちろん、電車はすべてストップ、駅のモニターはには東京湾の火事が映し出される。
そして、すぐに大きな余震。駅の中はパニック状態。
もう、ここにいても仕方がないと思い、徒歩で東京に向かい歩き始めた。
その間、実家や妻、会社に携帯で電話するがまったくつながらない。
唯一つながったのが、九州にいる義理の父で、自分の無事を伝えておく。
歩きながら、携帯のテレビやソニーのウォークマンのラジオ機能を交互に
聴きながら、震災についての情報を得る。携帯用の充電器も持っていたので
コンビニで電池を補充する。
再び、義理の父に連絡し、妻の無事を知る。
公衆電話で、実家へ電話。父親の無事を知るが、母親は上野の出かけていて
連絡とれないとのこと。
こういう時は、携帯よりも公衆電話がつながりやすく、列をなしていた。
でも、みんな後の人を気遣って、1分以内で終わらし、切った後に
後の人に一声かける。なんか暖かい気持ちになった。
引き続き、歩き始める。蕨までついたところで、暗くなり、宿泊することを決める。
ホテルに空きがあり、泊まる。その間、いろいろ連絡ととれ始め、
妻も親戚の家に泊まることが分かり、母親も無事とのこと。
次の日、電車も動き出し、午後、家に到着。
妻の泣きながらの出迎え。無事でよかった。それだけで。