今、三浦綾子の銃口を読んでます。
国家権力による個人の精神破壊が如実に描かれており感動よりも恐ろしさを覚えますね。
現在は戦後で民主主義が当たり前のようになっており、言論の自由が憲法でも保障されていますが、
実は、われわれがいる会社組織ってときに個人の内面の価値観に不当に介入しようとするときがあると思うんですよね。それは、良く会社で使われる企業文化。
あいつは、うちに合わないとか、企業風土を改革しようなんてことは、暗に社員の内面の価値観や行動様式を変えさせようとしていると思うんですよね。
それが統一されているカルト的な企業が成長するんだみたいなことを言っているビジョナリーカンパニー。
私は少し疑問を持ちます。企業経営は、人間の持つ元来の価値観と事業目標、それに伴う業務プロセスは分けて考えるべきかと思います。社員の価値観はそれぞれ。チャレンジ精神が旺盛な人がいれば、保守的な人もいる。それを否定せずに、その人が活躍できる職種を与えればよい。重要なのは、あくまで企業目標と個々に与えられた役割かと思います。それを全うすれば自然と企業としての成果が出る、そんな仕組みを作るのが経営の役割なのかと。人の内面に切り込んでもなんの効果もないように思います。