未来ビジョン・新しい国づくりを目指す! -3ページ目

【平成時代30年を振り返って-12「無神論者だった自分が、宗教 の大切さを学び、自己成長していっ


戦後の米国占領軍GHQの占領方針の1つに、戦前の日本の精神的支柱であった神道、教育勅語を
抹殺し、精神的に骨抜きにすることにありました。

又、戦前非合法だった共産党を認め、左翼の日教組も認めました。この占領政策が今日まで色
濃く影響しています。

多くの日本人は平気で無神論を唱えることに、何の違和感を覚えません。
私もその一人でした。むしろ宗教に頼るのは精神的に弱い人間と思っていました。自分は宗教
など頼らなくても充分強く生きていけると自負していました。

そんな自分に昭和63年に異業種交流会で出会った日本生命の法人部長S氏から幸福の科学を紹
介されました。
当時の幸福の科学は、真理の学習団体でした。
本来好奇心旺盛の私は幸福の科学の創始者大川隆法師の書籍「太陽の法」「黄金の法」「永遠
の法」の基本3部作を奨められ読みました。

そこには人類の誕生秘話、有史以来の人類の歴史、そしてあの世の次元構造等これまでの常識
を打ち破るものであり、私にとって全て新鮮に映りました。
そして、その翌年の平成元年に幸福の科学に入会しました。
幸福の科学は、その後平成3年に宗教法人として正式認定されました。

幸福の科学に入会して丁度30年が経ちます。

基本3部作を出版した頃の大川隆法師は30代前半でした。
同書の内容は人智を遙かに超えているものです。大川隆法師は、その後30年間に一人で25
00冊以上の本を出版し、30年前の内容と全くぶれるところがありません。説法の数も20
00回以上で、毎回原稿無しでぶっつけ本番で公演するという離れ業です。

その間幸福の科学の発展過程を見てきましたが、今では世界100ヶ国以上に布教所がありま
す。

一方で、幸福実現党という政党を10年前に立ち上げ、中学から大学までの一貫校幸福の科学
学園~Happy Science Universityを設立しました。

30年余りの期間でこれだけのことをやり遂げること自体やはり人智を超えるものです。

そして、私自身の人生観も変わりました。

幸福の科学に出会う前の私は世間的に出世し、広いマイホームに住み、多くの仲間と一緒に楽
しい人生を過ごすことを夢見ていました。

しかし、今の自分は幸福の科学の教えを基に、「活私豊幸」=「自分を活かしながら人生の途
上で出会った人々をいかに豊かに幸福にできる人間でありたい」 という行動哲学で生きていま
す。

人間は、永遠の輪廻転生の中でこの世とあの世を生まれ変わりながら魂の向上を目指す存在な
のだということに気付きました。

そして、本当の自分にも出会いました。本当の自分に忠実で生きていくことがぶれない自分を
作っていくということも学びました。

そして、世のため人のために生きながら生涯現役人生を全うしたいと思っています。
 

【平成時代30年を振り返って-11「中国の経済発展と軍事的脅威 」】


1971年のニクソン米国大統領の訪中により、米中の国交は正常化しました。
その後、1972年に日中平和条約を締結し、日本はODAを通じ、中国の経済発展に大きな貢献をし
てきました。

米国も日本も中国が経済発展をすれば、共産主義を捨て、民主国家の仲間入りをすると信じて
いました。

その1つのメルクマールが平成元年(1989年)に起きた天安門事件でした。
鄧小平の時代に、民主化を叫ぶ学生に対し、弾圧し、多数の死傷者を出しました。

本来この事件の時に、日本も米国も中国の民主化は難しいことに気付くべきでした。

しかし、政経分離政策の下、日本政府は相変わらず中国の経済発展に寄与してきました。

その結果、平成19年(2007年)に中国はGDP10兆ドルとなり、日本のGDPを抜き、それ以降引き
離される一方です。

平成24年(2012年)に習近平政権が誕生し、一帯一路政策の下、中国の軍事的脅威は現実的な
ものとなってきました。

にもかかわらず相変わらず平和ぼけの日本は一帯一路政策に協力する姿勢を見せています。

中国の国家戦略は、台湾併合、その前後に尖閣諸島と沖縄侵略です。

ここを抑えられたら中東原油を始め、食糧他重要物資を運ぶシーレーンを中国に牛耳られ、日
本は中国の従属国家となります。
従属国家になるということは、例えば私がメルマガでこのようなことを書いたら、私は刑務所
行きとなり、処刑されます。そういう自由が利かない国家になると言うことです。

平成の30年は、日本では戦争は起きない平和な時代でした。
しかし、日本の周辺は中国に抑えられ、テロや紛争が続いた時代でした。

従って、新しい元号令和の時代は、1国平和主義を捨て、テロや紛争、戦争のない時代へと日本
もイニシアティブをとる時代と考えます。

【「奇人変人の異見-333「新元号に思う」


昨日は新元号「令和」発表で日本列島はお祝いムードに包まれました。

中国の一帯一路戦略に基づく日本侵略が着々と進む中で、嫌中感情が高まっています。

そんな中、初めて万葉集から元号を採用したことは高く評価したいと思います。

「令」という文字の書き方を、マスコミではもっぱら「令」と発表しています。
しかし、冠の下に「マ」を書く文字と2通りあり、私は寧ろ後者の方で習ってきました。
しかし、ワープロ変換しても、後者の文字は出てきません。
従って、今後は「令」が主流となるでしょう。

さて、元号は皇室と密接に結びついていますが、教育の重要さを感じています。


私は70年安保世代です。

当時安保反対で学生運動が吹き荒れ、純粋な学生達は共産党や社会党の左翼勢力を真剣に支持
していました。私も同様でした。

その延長線上には、皇室軽視、象徴の天皇なら不要と思っている若者も多数いました。

しかし、社会人となり、世の中を知り、日本の歴史や文化伝統を知り、皇室の役割を知るに至
り、今では自分の無知さ加減を反省しています。

イチローが東京ドームで引退試合をした時、イチローは国旗に敬礼し、国家斉唱を誇りを持っ
て歌っていました。しかし、これに観客は多少違和感を感じたようです。

私も海外駐在経験して初めて、国旗と国歌の重要性を再認識しました。
そして、国旗と国歌を愛する教育こそ、皇室を敬い、元号は日本の文化と伝統の象徴なのだと
理解できるようになります。

新元号「令和」を単なる商売の道具として扱うのではなく、新元号「令和」を、日本人として
誇りに思い、大切に育てていく。そして、皇室を敬い、新天皇に恭順の意を示しながら、もり
立てていくことこそ、新時代を迎える我々国民のあるべき姿と思います。

◆◆◆◆◆◆編集後記◆◆◆◆◆◆◆

新元号発表前に、私の所に某議員筋から新元号は「安始」との情報が流れてきました。
どうせガサネタだろうと思っていましたが、やはりその通りでした。

もし、「安始」なら安倍首相から始まる新しい治世となり、大きな物議を醸していたかも知れ
ません。


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