やはり精神障害者はなぜこんなになったのかお話をするべきなのでしょうか。私は出来事としてお話します。15歳の頃もう精神病でどうしたら赤ちゃんが作れるのか妊娠をするってことが最後のほうが分からずに妊娠してしまいました。夫に不倫関係の女性がいました。それを、といつめたらそんな事はないと怒鳴られなぐられました。そうしてその後関係をもとめられたのでいやになりました。それいらい夫が怖くなりました。親にいっても夫の言い分をしんじ私は結婚を子供のためにも親もそうして欲しいと言われてしました。19歳のとき入院をして母親を亡くし頑張ってきたのだけれども入院をしてその時はもう夫は1回も面接にはきませんでした。親の面倒をみるのがいやでといいわけをしましたが3年間家をでていました。1年目お金をいれてくれず夫の親が畑をしていて給食費を払っていてくれたのでなんとかしました。2年目7万月にいれてくれてそれで生活をしていて子供の世話と姑の世話をしていました。姑がなくなりそれを理由に帰ってきてそれでも8万しかお金はくれませんでした。そしたら今度は借金があるといわれ者金返済をしていました。それはもう弁護士に相談をして解決したのだけれど私もつらくて女として働けないお金がない頼れる人はいないとおもい自殺未遂を3回しました。夫が原因で子供には申し訳ないこととは思ったけれどそんな無責任の男でもきっと私も親に分かってもらえず悲しかったからの想いと子供のためにと頑張ってきました。いまお酒の飲みすぎで糖尿になりまるであのときの私と一緒だとおもうとこころがわりきれます。冷酷な妻だと思いますか。それでも愛はないがやるべきことはするようにりこうになって生きてゆこう。べつにどう思われようと出会いがありそのひとがわかってくれるのであればそれでいいとそれでも私は精神障害者です。いろいろと大変ですがのりこえられるような木がします。私のこころがしっかりとしていればそれでいいんだと思います。
あーもうモヤモヤする。明日本当に夫が病院へ行くのかどうか。食事の事は、カロリー考えてとか思っちゃうけれど野菜とか薄口にすればいいと思っていないとね。専門の人に聞いてからだね。食事の用意は、うまくするさぁ。無理をせず賢く世話をしよう。朝のメニュー昼のメニュー夜のメニューって考えてね。ヘルパーさんに教えてもらったりしてね。時を待つしかない事もある。気分転換に温泉へ行って来ました。とてもよかったです。疲れがとれたー。この一週間娘も考えてくれて2日くらいしかみなくていい。大変だけどいざとなれば娘もいるし息子もいてくれる。けして一人ではないってこと。負担になるようなら遠慮しないで方法を娘と相談しようと思います。きっと昔の夫を人としてみてきていたからきっと世話は出来ると思う。頭ン中でいくら考えてもしかたがない現実をしっかりみて降りかかったものは解決へと向かい明るく元気に楽しく暮らすんだ。これでよかったんだ。家族仲良く暮らそう。夫に何も求めないそれでも自然体で頑張って生きていこう。未来なんて分からないものだし自分が作っていくものだから元気になります。ありのままを飾らずに綴ってみました。本当に坂本九の明日があるさだね。そんな心境です。
今日はきがる館へ行ってきました。仲間と話をするのはとても楽しいものです。夫のこと割り切っていたのですがインターネットで調べて老後の会へ入会しました。そして夫の事正直に相談をしたらお医者さんが奥さんとしてやることは食事のことがあると答えてくれました。そして運動と奥さんの協力なしでは出来ないと人として頑張ってきたのでこれからもそのつもりでいたので私はやるだけの事はしようと思います。そしたら娘が病院へ行かせるって言っていましたが本当の事いうと行かないような気がします。行ってくれたら助かると思い行かなかったら検診の一年前のものだけれど保健婦さんにもっていき相談をしてどのくらい悪いのか聞いてそれなりのことをしたいと思います。もしかしたらそれが私に課せられた最後のけじめなのかもしれません。きっと明日がきたら明るい気持ちになってやれそうな感じがします。そして強く生きること。それが最後にかわした先生との言葉強く生きて下さいとでももう終わってしまった。今は優しい阿南先生にその胸のうちを話して頑張るしかない。人生の秋ってかなしすぎます。でも人としての絆はあると確信しています。それでも私もつらい時なんかあるので対策と相談を出来る人にはして乗り越えたいと思います。人としてどれだけのことをしてどんなことを学ぶのかななんて思います。