アルツハイマー型認知症を始めとして認知症と言われる方と関わることが少なからずある。

僕は、なってないからわからないけどいろんな認知症の方と関わる中で、ある意味悪くないと思うし、なってみたら意外に快適なのではないかなと。

病気っていう診断は、「フツウ」でないということで、「フツウ」ってなによって。
誰基準よって。

みんながそうじゃないからって。
フツウじゃないって。

だいたい、みんなっていうのは、自分の他に3人ぐらい同じこと言ってたらみんなになる(気がする)


で、なんのために認知症が存在するか。
僕は関わる中でイロイロ考えたよ。

で、導き出した答え。

それは、僕がしてきたこと。
考えること。
「生きるってなんだろ。」
「人の存在価値って?」
「なぜこうなるのだろう」
「幸せってなんだろう」

認知症の人は問題をくれる。

その役割じゃないかって。


観音様なんじゃないかと。
観音様って、ただいる、あるだけ。

それを観に行くんだよ。
お金払ってはるばる。

で、人それぞれ、観て感じて問いかける。
なにも言わない観音様を観て自分に問いかける。

人生、命、生きる、苦しみ、喜び、悩み…

そういう存在。観音様。


僕は、認知症になることによって観音様になってるんじゃないかって思う。


今日本に沢山の認知症の人が増えてる(らしい)

でも、それは、今現役で働いて頑張ってる若い僕らに対しての問いかけなのではないかなと。

相手をどうにかするんじゃなくて、相手をみて、何を感じるか。自分が何ができるか、そしてやるか。

そんなことを教えてくれているように思うことにしている。

だって、その人のことはその人しかわからないから。


結局自分ちゃう?この世の中。
自分の範囲をどこまで広げていけるか。

世界平和は大事だけど、まずは自分平和。家族平和、友達平和、地域平和、国平和とつながっていくように思います。