差し出された手をとった。
「もう十分だろう、もう戻りたい」その時の私の心は、目一杯に張り詰めていたんだと思う。
その手は、もういいからともいっている様だったし、「まだ大丈夫」とも言っているようだった。
素直に手をとった。全てが許されるそんな気がしていた。
1 彼女の出来事
彼女は、地方都市に住んでいた。
北陸のかつての城下街で、いわゆるバブルと言われた時代が過ぎた後、少し錆びれた様子を見せていたが、平成の時代に入ったころから、アウトレットモールのような大型のショッピングセンターが国道沿いに立ち並び、ベッドタウンとして若い世代を確保しつつある、そんな街であった。
短期大学を卒業後、銀行員として二年間勤務し、知人の紹介で知り合った男性と結婚した。結婚後、二年目に第一子を出産した後は、夫と子供と三人暮らしで、パートタイムで続けていた銀行づとめも出産を期に辞め、専業主婦になっていた。郊外の新興住宅地にある庭付き一軒家で暮らし、少し裕福、でも平凡、彼女の生活はつい一月前までは、ごくありふれたものだった。
また、今日もこの時間になってしまった。毎日そんな思いが頭をよぎったのではないかと思う。彼女は時計をみてため息をついた。時計の針がはっきりと見えなくなってくる。浮かんだ涙をこぼさないように気丈に歯を食いしばった。
言葉にすることなく、泣いてはだめと自分に言い聞かせる。今日になっていったい何度目だろう?そんなふうに考えると余計に涙が浮かんでくる。今日だけではない。もう一月も続いている。来る日も来る日も、目に見えない葛藤が渦巻いていた。
ダイニングキッチンのカウンター越しにリビングをちらと見やると、夫が子供をあやしている。あやしているというより、ぼんやりとテレビを眺める父親の周りで子供がはしゃいでいるのである。「せめて子供に声をかけるなりしてくれるといいのに」とも思う。その一方で、子供に近づかないで欲しいとも思う。どうしたらいいのか判らないが、誰も助けてはくれないことだけは解っている。
彼女はシンクの下の扉を開けて包丁を取り出す。毎日の儀式だ。
出刃包丁からパン切り用のものまで5本すべて取り出し、引き出しからはナイフを取り出す。食器用のナイフとフォークも取り出した後、カウンターの引き出しからは工作バサミを出す。裁縫用の裁ちばさみは既に片付けてある。
いわゆる凶器になりそうな物を取り出して、新聞紙にくるむ。これが彼女の夜8時の儀式である。
新聞紙でくるんだ「モノ」を抱きかかえるようにして、そっとキッチンを出て2階の寝室へ向かう。ベッドマットの彼女が休む定位置の下に挟み込む。
ため息をついてから、廊下に出て、2階の一番奥になる付き当たりの窓のクレッセント錠をはずす。
その窓は、一階のサンルームの上にある。一歳の子供を抱いて2階の窓から飛び降りるのは危険だと判断した彼女は、いざという時、この窓からサンルームの屋根伝いに逃げる覚悟をしていた。
私は、彼女のことを知ってから毎晩同じ夢を見る。あるときは素手で、あるときはナイフを使って人を殺す。
頚骨の砕ける感触や、皮膚を切り裂き、アバラを避けて心臓を破るナイフの感触で目を覚ます。死んで欲しい、その強い要望が、来る日も、来る日も同じ夢を見せる。着衣も、ベッドパッドも冷や汗を含んでしっとりしている。
ふと脇をみやると、私が彼を殺すところを、彼女は子供を抱きかかえて見ている。彼は、黙って私に殺される。なぜなら、彼はやっぱり彼女と子供を愛しているから。自由にしてあげたいと思っているから。彼女は、子供を抱きかかえるようにして、私が彼を殺すところを黙ってみている。なぜなら、彼を愛しているから、そして私が彼女を大切に思っていることを知っているから・・・そして、多分彼女も自由になりたいと思っているから。
でも、それは夢の中でのこと。私が人を殺そうとする、死んで欲しいと願っている、その意識を正当化するために、彼女も自由になりたい筈と思い込んでいるだけかもしれない。彼女の気持ちを代弁しているんだと、自分自身を正当化しているに過ぎないかもしれない。
この夢を見て飛び起きると、一時間はじっと手をみる。手に残っているその殺人の感触が消えるまで、ほんとうに自分の手には血がついていないということを納得して、夢だったと理解するまで。そして二度と眠ることはできない。睡眠導入剤も精神安定剤も効きはしない。なぜなら、眠りに落ちることは出来ても、夢を見ることを妨げることはできないからだ。そしてまた、恐怖で飛び起きる。望んで見ているわけでもない夢を見ることをわかっていて何度も眠りにつくほど馬鹿な事はない。だから私は、一度目を覚ますと、その日は二度と眠りにつくことはない。
彼女の儀式と並行して、私の儀式も続いている。