母は、ハハハです。

 

本日は、親は失敗だらけでもいい?!完璧でなくていい?!

というテーマで書きたいと思います。

 

私は、小学生のころからテレビにでてくる三角おにぎり🍙が、ものすごく、おいしそうで、

どうしても食べたくて、握り方を研究(?)していました。

 

ある時、自分の手のひらサイズのきれいな🍙に成功したのです!(どや顔(笑))

それ以来、母からおにぎり当番を仰せつかることになりました。

運動会のお弁当にしても、絶対🍙!

しかも、美しくなければ意味がないのデス!

みんなが「わぁ、食べたい」という魅力あるおにぎりにこだわってました。

 

たかが、🍙って思いますよね。

 

たしかに、この当時から🍙や弁当に対する執着(?)は強かったのかもしれません。

 

何かの行事で、休日、弁当を持って他の小学校に出かけることになりました。

 

母は、仕事で来ることができないけど、食べたいお弁当の絵をかいてごらんと言われました。

 

私は、ご飯のうえにお花が咲いたお弁当の絵を書きました。

 

当日になりました。

途中で、母がお弁当を持ってきてくれました。

 

私が書いた絵を忠実に再現したプロの作ったお弁当でした。

友達には、おいしそうなお弁当だねと言われました。

自宅に帰ってからも母から、お弁当どうだった?と聞かれました。

 

母も喜ぶだろうと思ったんでしょうね。

 

でも、私は怒りました。

母の手作り弁当が食べたかったからです。

「お母さんの手作りのお弁当が食べたかったのに!」と言いました。

 

できるだけ、手作りしようとしてくれたこともありました。

でも、高校生のときも、基本は手作り弁当ではありませんでした。

 

時々、昼食前にモ〇バーガーを届けてくれて、友達にうらやましがられたこともありました。

 

私は、昆布の佃煮が入った手作り弁当のほうが、ものすごく、うらやましかったんです。

 

隣の芝生は青く見えるだけだったんじゃないかと思いますよね。

 

でもね、当時の私は、母の愛情に飢えていたんです、きっと。

 

時々は、母がお弁当のおかずを作って私が詰めるということもありましたが、

大学のころになると、自分でお弁当を作るようになってました。

 

いま、私が母親の立場になって、私は今でもお弁当に対する執着が強いです。

私のように母の愛に飢えさせたくないという気持ちが強いのです。

 

子どもには母の弁当で優越感を感じてほしくて、今ではキャラ弁ママになりました

 

このあたりからお気づきですよね。

 

おにぎりを握ることもできなかった母のおかげで、私はキャラ弁が作れるようになったんです。

つまり、不足は、子どもの能力を開花することができるんですよ。

 

18世紀の哲学者のルソーは、著作「エミール」の中で、

「子どもをダメにする方法は、子どものほしがるものを際限なく与えることだ」

と紹介しています。

 

皆さんは完璧ではありませんか?

失敗させないないように頑張りすぎてはいませんか?

 

 

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