クラウド・アトラス/自由を呼びかける声 | 続・エビで龍を釣る

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とっちらかった日々のあれこれをなけなしの言葉にして綴りたい。法螺や水増しや誇張も含めて等身大。
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現在上映中のクラウド・アトラス観てきました。

月曜は最寄の映画館が男性1000円デーなのでよく利用するのです。

大好きなペ・ドゥナも出てるし、これは観ないといけません。

使命感に燃えて映画館に行ったものの、月曜・雨ときては席はガラガラ。話題の大作映画だと身構えてたので、やや拍子抜けでした。

現在上映中ということでネタバレは極力抑えたい。あらすじは非常に説明しにくい。

映画は6つの時代を行き来するし、同じ役者は各時代に別人として登場するから、すべてを克明に把握すようとすればするほどこんがらがるね。

そう、これは時を経て誕生を繰り返す魂の物語。いわゆる輪廻転生というやつ。

魂に本質的な死はなく、人生を駆け巡るたびに成長を繰り返す。

なんのために? それはこの映画に通底するテーマだろう。

隷属から解放されるため。あるいは他者をそこから連れ出すため。

奴隷制やジェンダーの問題、人種間闘争さまざまな対立がここにはある。

これが輪廻と転生のストーリーであるとしたら、最終的にこの「解放」のテーマは、アジアの宗教哲学からすれば、最後には輪廻そのものからの「解放」に行き着くだろう。

生存と苦の繰り返しからの解放を謳ったのは仏陀だった。

この世界は巨大な牢獄なようなもので、人生はそこから抜け出すためのスリリングな脱出劇となる。この映画のパートの多くが脱出と逃走のシーンだったように、服従を拒む叫びが、物語を起動させる。

そして僕らは、数限りない人生と通して脱出の契機を探っていく。愛と寛容、そして最後にはついに自己を差し出すことすら学ぶだろう。

これはたぶん僕らの真実でもあると感じる。

映画では、転生する各人物があまりに異なる人生を歩み、異なる人格を持っているので、あまり感情移入できなくなる。これがこの映画の欠点といえば欠点かもしれない。

そのかわり、昨日の悪人が、今日はなかなかイイ奴だったりする。前世の守銭奴は今世では慈善家になり、そして来世では無一文の放浪者になるかもしれない。

こうなると、映画の中で本当に憎むべき相手もいなくなる。ただ、それぞれがそれぞれの配役を演じているだけでしかない。そういう意味では悪もまた愛おしい。殺し屋も人食い部族もただのロールプレイに過ぎない。

誰もが解放を望んでいる。外から呼びかける声がするからだ。エゴが鎮まった透明な夜には、その声がはっきりと聞こえてくる。

首輪を、手錠を、足枷を、すべてを外した時、僕らは自分という最後の牢獄を見つける。

でも、がっかりしてはならない。その時にこそ、僕らをここまで導いてきた声をほとんど間近に聴き取るだろうから。

それは自由を呼びかける声で、あの恐ろしいオールド・ジョージの囁きですら、本当は解放を呼びかけるあの声に属しているのだ。