飽くなき憧(あくが)れ | 続・エビで龍を釣る

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旧ブログの続編です。あることないこと言いっぱなしですが、まじりっけなしに真剣です。
とっちらかった日々のあれこれをなけなしの言葉にして綴りたい。法螺や水増しや誇張も含めて等身大。
ここでも目指せ常温ビックバン!

じわじわ温かくなってきましたね。はろーあいらびゅー。どみにくです。

バンバン長文のブログをアップしてますが、日がな一日書いてるわけじゃなくて「はじめに」に書いたように他にストックしてあったのを発掘して小出しにしてるわけです。

仕事してないんじゃないかとか、ご飯食べてないんじゃないかとか、心配しなくても大丈夫です! ちゃんと社会活動してます!

今回も発掘シリーズですが、いま読み返してみてだいたい同じ気持ちだった!

↓ざく ↓ざく ↓ざく(掘り起こす音ね)

今回は「憧れ」について。

数年前のある日、youtubeで水道橋博士と甲本ヒロトのラジオ対談を聴いた。

二人は中学かなんかの同級生だったみたい。

それはともかくヒロトがローリングストーンズのライブに行ったことを話してたんだけど、それが印象的でさ。

ストーンズの面々はいまもどこか素人くさくて、ソワソワしてて、もちろんそれはワクワクの裏返しなんだけど、ヒロトは高校の文化祭のライブみたいだって表現してた。

世界でももっとも実績もネームバリューもあるロックバンドのひとつであるストーンズが、どうしてそんなふうなのか、ヒロトは考えたらしい。で、こう推察した。

「あいつらってさ、まだ、何かに憧れてやがるんだ」

この後に及んでさ‥という口調でヒロトは言ってた。そうだ。功成り名を遂げたこの後に及んで、ほとんどロックンロールのなんたるかを体現しているはずの伝説のバンドが、まだ何かに憧れているのだ。

うまいものを散々食ったろう、いい女を抱いたろう、ツアーで世界を回り、クロームとフェイクでないファーと贅言とドラッグとアルコールが渦巻く乱痴気騒ぎをどれだけ経験しただろう。

ポピュラーミュージックの歴史に逃れようもなく名を刻まれ、老いぼれたとはいえ影よりも身近に栄光が付き従う身であってなお、いまさら何に憧れるっていうのか?

「たぶんね、やつらには理想のロックンロールってのがあってさ、まだそれに追いつけてないんだよきっと。だからまだあんなにふうなんだ」

憧れの対象であれ、もう何かに憧れることなどありえないはずのストーンズが‥‥にわかには信じられないが、そういうことってあるのかもしれない。それは実体を持たない幻なのかもしれないが、彼らにはリアルなんだろう。

憧れは、憧れだけは、飢えが満ちてもやむことはない。それはコンプレックスの裏返しでもなければ過去の清算でもないからだ。たとえ、はじまりの原動力が飢えであったとしても、それを置き去りにして先へ進む何かだ。

だからすべてを手に入れたはずのストーンズがまだ新鮮な音をかきならすことができるんだろう。憧れのチカラは、しょぼくれたトラウマを自己のアイコンに祭り上げるようなヤツラには生涯手の届かない代物だ。

負の感情から汲み上げる、そういうものたちと「憧れ」は関係なく、不足の解消とも「アコガレ」は無縁だ。理屈はない。ないだけにピュアで純粋な、そうありたい、そうでありたいところへ向かう力だ。

悪が枯れたところに残る純粋な力が憧れ(悪枯れ)

僕の愛するカート・ヴォネガットの小説では、外宇宙から異星人たちをわんさかのっけて飛んでくるロケットの燃料もそれだった。

UWTB(universal will to become=そうなるべき万有意思)

そんなストーンズにヒロトは憧れ、僕らはそんなヒロトに憧れ、もちろん博士はビートたけしに憧れ、すべてがすべてに憧れてる。

僕は現状にとっても満足してる。けっこうマジで満たされてる。仲間がいるし、炊飯ジャーには湯気の出るご飯あるし、ガソリンは一昨日くらいまでは満タンだったし(笑)

でも、もっと何かへ向かっていきたんだよね。憧れてるものがあるからには!

(と昔は書いたけれど、今はどこへ向かいたいのかわからなくなりました。強いて言えばもと居た場所に帰りたい???)


ラスト、劇団新感線のIZOより、岡田以蔵、斬首前の言葉を。


 わしは上を見すぎたのう。
 
 天ら見ず山を見ちょったらよかったがじゃのう。
 
 犬じゃと言われて人になりたがり、人になれれば武士を望み…
 
 けんど、誰に何を言われようとわしはそもそも人やったがじゃ。
 
 天まで昇れるはずのない人、やったがじゃ。
 
 ただ地に足をつけて、山を見ちょったらよかったがじゃのう。
 
 あほじゃのうわしは。
 
 犬のごとくあほじゃのう。
 
 山にはあんなに光のごとく黄色い花が満ちちょったに。
 
 山は決して動く事なく黄色い花を満たしちょったに。

 のう!おてんとう様頼むき!
 
 わしの首が宙に舞って、真っ赤な血がふきだしたらこの黄色い花で覆い隠しちゃってくれ。
 
 赤い血も黒い土も、この先の世の中が光で満ち溢れちゅうがのごとく  

 この黄色い花で覆い隠しちゃってくれ!


実在した以蔵は殺し中毒の陰湿なサイコ野郎だったかもしれないが、劇中の以蔵はそうではなかった。

犬と呼ばれたことや百姓であることが不満だったのでもない。

以蔵は、武士というすごく力強くカッコいい存在に憧れた。

刀という武器が最後に威力を発揮し、そのまま無用の産物となり果てる間際に、ぎりぎり間に合うがごとく侍に憧れることのできた以蔵が大好きだ。

最期の言葉は悔悟に満ちているが、それでも侍という上を見すぎた以蔵に、侍に憧れた以蔵に僕もまた憧れる。