常寂光寺
常寂光寺は秀吉の宗門統制に逆らって筋を通し、大本山本国寺16世の座を降りて隠栖した日禎上人が開山した。日禎上人は権大納言広橋国光の息男として1561年出生。上人の隠栖地に小倉山を提供したのは、このころ既にこの辺り一帯を所有していた土倉で、上人と親交のあった角倉了以とその岳父栄可である。日禎上人はこの小倉山にささやかな堂舎を建て、隠栖によって初めて得た出家らしい自由を生涯満喫している。この寺が一応の形を整えたのは、開山の没後であまりに貧弱な堂舎を憂えた周囲から、上人の徳顕彰のため慌てて整えたのが実情のようである。 入寂1年前の1616年、まず本国寺南門の仁王門がそのまま移築された。仁王門には仁王像があり、若狭の長源寺より移されたもので運慶の作と伝えられる。本堂は桃山城客殿を移築転用、このとき山門も桃山城より払い下げられた。多宝塔は払い下げ、転用ではなく、当時の町衆の経済力を示す美しい建造物である。この寺はささやかな山寺にとどまるのは、本山からの隠栖処という成り立ち、定家山荘跡という土地柄が大きな要因だったと考えられる。
