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CENTRAL FICTION~HR FACTORY OfficialBlog~

創作文芸同人サークル「HR FACTORY」のうらかみこてつが、サークル情報やゲームの話などを書き綴るブログです。

ブログの字数制限のため、この投稿は3つに分けてお送りします。

前編はこの1つ前の記事をごらんください。

 

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駐車場に戻り、車のエンジンをかけて、会社へ戻ろうとするが、しばらくして現場近くの国道は車がまったく動かず大渋滞していた。

 会社へ向かう道の先は信号が故障しているらしい。道の先には黒い煙が出ていた。

 車のラジオでは、地震関連のニュースやリスナーのメッセージを紹介していた。

 私は、携帯電話にイヤホンを取り付け、改めて本日の作業終了の報告を会社に電話を入れる。

 しかし、何度やっても電話がつながらない。

 仕方なく社長の携帯電話に連絡をとろうとしたものの、これもだめだった。

 すると、1本のメールが届いた。経理をやっている女の子からだった。

「外回り中の社員は、会社に寄らず自宅に戻ってください。ただし無事の確認は電話がつながりづらい状況のため会社のメールならびに社長の携帯電話のメールまでお願いします。」

 のろのろ運転の車の中で私は急いでメールを入れる。仕事の進み具合の報告を兼ねて。

「今度は、自宅のほうだ・・・電話つながるかな。」

 私は、自宅のほうへ電話をかけた。仕事のことでめいいっぱいだったが、両親と祖母が住んでいる私の自宅は無事か、やっぱり心配だった。

 数回かけなおしてようやくつながった。

 ひとまず、家族の無事は確認した。ただ、台所まわりを中心に物が落ちるなどの被害があって大急ぎで足の踏み場を作るのに家族一同で片付けていた。夕飯の用意まで手がまわっていないため、非常食や水などを帰りがけに買ってくるように依頼があった。道が混んでいるから帰りの時間は遅くなるかもしれないことを話したら、多少遅くなってもいいから無事に帰ってきなさいとのことだった。

 現場を出てから1時間ほどたったころ、帰り道の途中に大きなドラッグストアへ立ち寄り、水やパックの米などを買ったが、それでも買い足りない状況で、そのとなりのスーパーにも立ち寄り、2、3日どうにかできる分の食料やスポーツ飲料などを買い込んだ。スーパーの店員は、倉庫からペットボトルの水を持ってきてあわてて陳列していた。1度に買いだめする客が多かったからだろう。会計を済ませ、買ったものを袋につめて帰ろうと思ったそのときだった。

「やばっ・・・」

 なんと、車のヘッドライトがついたままだった。あわてて、車のかぎをあけて、買ったものを積んでエンジンをかけようとしたが。

「だめだっ。つかない・・・えぇーっ・・・」

 車のエンジンがかからなくなってしまった。私の頭の中は真っ白になってしまった。

「どうしたらいいんだ、おい・・・まじかよこんなときに。」

 たしか近くにカー用品の店があったはず、と思った私は、車を降りて鍵をかけて歩いてカー用品の店に向かったが、シャッターは閉まっていた。数十分早かったら・・・と、心の中ではくやしさをにじませた。あ、ホームセンターがあったような、と思って、カー用品の店の反対側にあるホームセンターを目指そうと再び歩き出した。

 暗い夜道を歩きながら、悔しさと焦りで気持ちはいっぱいだった。1kmほど歩いて、携帯電話の時計を見たら、時計の針は19:15を過ぎていた。あたりは停電していなかったが、電車は走っていなかった。

「あ?19:30までだったよな、あのホームセンターって。」

 あと10分足らずで19:30。ホームセンターまでさらに2kmほどあった。走る気力も体力もすっかり切れていた私は、途中で挫折しスーパーに引き返した。

 スーパーでは食料や飲み物を買う人たちで、時間を追うごとに異様なにぎわいをみせていた。

 車の外で、どうしようかしばらく悩んでいたが、ひとりで悩んでいるだけでは先に進めない。そう感じた私は、スーパーの中へ再び入った。商品の補給などてんやわんやしている中だが恥を覚悟で店員に事情を説明した。

 すると食肉売り場で加工をしている店員さんから、バッテリーコードを持っている人がいないかを店内放送で呼び掛けるのと、自分のところでも持っている人がいないか聞いてみるからサービスカウンターで待っていてくれ、と返答があった。お店の仕事で精一杯だったにもかかわらず、快くお願いを受け入れてくれたことに、救われた気持ちになった。

 10分くらいたって、食肉売り場の店員さんが戻ってきたが、店員の中で持っている人がいるかもしれないが期待は薄いとのことだった。引き続き店内放送で繰り返し、呼び掛けてくれた。

 もう10分くらいたったときのこと、別の店員がサービスカウンターにやってきた。バッテリーコードを持っているお客さんが見つかったのである。私と店員は車の前にやってきた。バッテリーコードを持っている客は、このスーパーで買い物を終えた黒いミニバンタイプの車に乗った若い男だった。

 私は若い男に一礼して、車のボンネットをあけた。若い男のほうで慎重にバッテリーコードがつなげられた。そして、私の車のエンジンがかかった。

 男は、かかったのを確認して、コードを順番にはずした。

「本当にありがとうございました。助かりました。」

 私は男に深々と一礼した。店員も男に頭を下げた。男はコードを片付けて車の後ろにしまって、早々に店をあとにした。さらに私はいろいろ助けていただいた店員にお礼をして、店をあとにした。

 

 あの夜は、人の心のあたたかさを再確認するいい機会だったし、自分の行動に対する責任のなさを痛感した。

 

(つづく) 

 

2011年3月11日。

東日本大震災から9年がたちました。

その年の8月に行われたコミケ80にサークル参加した時に、メインの作品とは別にこの東日本大震災の日にあった自分の出来事を実話に基づいて作品化して無料配布で頒布したのが、この「2011.03.11」です。

被災地にいたわけではないですが、あの日のことをきちんと残すという目的で書いたものです。

事実を風化させないという意味をこめて、全文を3回にわけて公開いたします。

 

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平成23年3月11日。

あの日も、きれいな青空だった。

 週末の金曜日、会社の年度は変わったばかりだけど、世間的には年度末が迫っていて通常の業務以上にあわただしさがあった。

 建築現場の土工事の営業として勤めている私は、この日朝から会社から車で40分ほどのところにある保育園の改修工事の現場の会社としての現場管理者として現場に行っていた。

 朝8:00から朝礼。

 元請(もとうけ)の建設会社の担当者からこの日の作業内容の確認と安全に関する注意事項の発表があり、それに引き続いて私が作業者へ細かい分担や注意事項を発表し作業開始となった。

 それからしばらく現場をまわって作業員の作業状況を監視し、9:20ごろいったん会社へ戻った。

 10:30から会社に来客が来て、3月下旬から始まる別の改修物件に関する打ち合わせ、それに引き続き予算を決める見積もり作業をし、昼食も社内でとった。

 午後から、見積もり作業の整理を済ませ、14:00ごろからもう一度保育園の改修工事の現場に向かうため車を走らせた。

 途中、自然渋滞があって私が予定していた到着時刻からは10分以上も過ぎていた。

 カーラジオからは人気DJの軽いおしゃべりと音楽が流れていて、いらいらも少しはやわらいでいた。

 あと1.5kmほどで保育園の工事現場に到着するころだった。

 カーラジオの音が突然消えた。ラジオはリスナーとの電話をつないで話すコーナーの途中で、次の人に代わるところだった。

 最初は放送事故だろうな、と思っていた。

 が、しばらくして、ラジオのDJの声が聞こえてきたのだが音がやや小さい。

「なんか揺れてる・・・」

 しばらくしてから、車の運転している感じがおかしいことに気付いた。目の前の電柱がわっさわっさと揺れていた。

「えっ、まじ?」

 私は道路の横に車を停車し、前方の様子をただ茫然(ぼうぜん)と眺めていた。

「なんなんだよ、これ。みんな大丈夫かな。」

 電柱がはげしく揺れている中、私は車の中で揺れが止まるのをただ待った。

 待っている間、カーラジオから流れるDJの声は意外にも落ち着いていた。火の元に注意してください。ゆれが終わるまではじっとしていてください。と。

 揺れている時間は相当長かった。外に出てきた近所の人もびっくりしていた。

 揺れがおさまったのち、工事現場が借りている駐車場に車をとめて、しばらく歩き保育園の工事現場に到着した。

 すると、改修工事をやっていないところで通常保育をしていた園児、先生は保育園の園庭(えんてい)に避難していた。保育園の近所に住んでいる人たちもぞろぞろと保育園の前に集まっていた。怖さのあまり母親にくっついている小学生の姿もあった。

 元請(もとうけ)の担当者がやってきた。

「仙台で震度7らしいぞ。」

 この言葉に、まわりにいた作業員や近隣の住民も驚きを隠せなかった。

 私は作業員の無事を確認することができ、ほっと胸をなでおろしたが、このあと30分ほど強い余震が数回あった。会社に全員の無事を連絡しようと携帯電話を取り出したが、電話が混んでいてつながらなかった。保育園の園庭での園児や先生の避難は最初の大きな地震があってから1時間ほど続いた。

 現場の作業員は最初の強烈な地震があってから1時間ほどたってから作業を再開したが、地震の衝撃があまりにも大きかったせいか、気持ちは帰るほうに向いていた。しかし、私がいない間に作業上のトラブルが発生していた。タイルをはがしてコンクリート躯体に付着している接着剤の役目をしているモルタルを撤去する作業中に作業員がダイヤモンドカッターの刃を入れすぎてしまいコンクリートの中に埋まっている鉄製の埋設配管に傷をつけてしまい、本設の電気トラブルが発生していたのである。そのため、改修していない部分の照明がつかなくなってしまったのである。

 私は、電気工の作業者と一緒にクレーム処理をして、保育園の照明機能をどうにかして復旧させることができた。

 だが、このトラブルの影響でこの日終わらせなければならなかった工事は終わらせることができなかった。夕方になり、残業ができない現場のため、私は作業員にあと片づけを指示し、完了後会社へ帰らせた。

 土工事の責任者である私は、このあと現場の管理がなっていないことを元請(もとうけ)建設会社の担当者に厳しく注意された。

 自分の無能さに腹をたてていた私ではあったが、強気になり翌週の月曜日までに作業を終わらせるように作業員配置をする、と言って了承をとり現場をあとにした。

(土日の工事は保育園の都合で最初から全休となっていました)

 

(後編に続く)

カップラーメン食べ比べ ラーメン無双シリーズブログ版。

今回は、モッチッチ 野菜タンメンを紹介。

縦型カップ焼きそばとして発売されているモッチッチ。

そのラーメン版としてしょうゆ味のワンタンメンと塩味のタンメンの2種類が2019年11月ごろから発売された。

今回は、タンメンを紹介。

めんは、国内製造の小麦粉・植物油脂、食塩、植物性たん白、砂糖によるノンフライめん。

ゆでたてのおいしさをコンセプトにした生麺に近い味わいが楽しめた。

スープは食塩、粉末しょうゆをベースに、チキン・ポーク・野菜・酵母・魚介・しいたけのエキス、植物や動物の油脂などを加えたあっさりな塩味を再現。

かやくは、キャベツ・チンゲン菜・コーン・キクラゲ・人参とバラエティに富んでいる。

1食分のエネルギーは、めんが55gと通常サイズの縦型カップにしては少なめのせいか285Kcalと抑えめになっている。

改良を重ねてカップ焼きそば同様、メーカーブランドの柱になってくれるといいな、と思う。

 

 

次回もお楽しみに。