初恋ーー、みなさんにも甘酸っぱく、ほろ苦い恋の想い出があると思いますが、なにかに恋い焦がれるということ、没我の境地に達し、そこから踏み外すことも、陥ることも、それこそがそもそも、恋の醍醐味とも言えると思う。
この"早春、DEEP END"は去年、“殺人者の記憶法/新しい記憶“を見にキネマ旬報シアターに行った際、どでかいポスターが壁にかかっていた。”僕は死ぬほどの恋に落ちたんだ”こういった衝撃的なキャッチコピーとともに私の目と心を奪った。
早春 DEEP END/1970
ポーランドの名匠イエジー・スコリモフスキが1970年にイギリスで撮りあげた作品で、15歳の少年の不器用な初恋を色鮮やかな映像美でつづった青春ドラマ。公衆浴場で働きはじめた少年マイクは、職場の先輩である年上の女性スーザンに惹かれていく。スーザンへの実らぬ思いを募らせたマイクの行動は次第にエスカレートし、悲劇的な結末へと突き進んでいく。
こちらより抜粋。
まずは俳優陣も素晴らしいですが、音楽がまたいい。
思わず唸ってしまうのは私だけだろうか。
今夜僕は死ぬかもしれないーー。
ただ働くなんか嫌だ
人に指図されるがままになんか
努力すれば君もいつかーー、私のような職に就ける
そんなの分かってる
貧しいままでいいわけない
従うかそれとも沈むか
そんな言葉を君は口にするけど
ただ働くなんか嫌だ
人に指図されるがままになんか
努力すれば君もいつかーー私のような職に…
今夜、死ぬかもしれないのに?
ちょい、一部のみ抜粋。映画の冒頭部分に字幕があるのも嬉しい限り。
主人公にはジョン.モルダー.ブラウン。15歳の多感な少年マイクを演じております。
マイクが"死ぬほど"好きになった初恋の人は、この時代、一斉を風靡したジェーン.アッシャー。赤毛のコケティッシュ美人。ポール.マッカートニーの婚約者だったそうで。
スーザン役はすぐに決まったそうです。マイク役は難航した模様。
マイクでなくとも好きになるだろう…、こんな女が側にいたらと、思わず微笑んでしまう冒頭とは裏腹に、徐々に深刻な状況へと知らず知らずに迷い込んでしまう。
恋は深淵。ぬかるみに嵌れば足を奪われ、眼は闇のなか、視界までも奪われてしまう。
スーザンは恋多き女。婚約者がいながら不倫の真っ最中であり、職場は公衆浴場である為に男を物色するならうってつけ…、とにかく出会いが豊富なんだろう。
奔放な歳上の女に振り回され、結果、ベッドに持ち込んでも…、その先になにが見えるのか。
男は肉体を目の前にして自分を捧げるという感覚は無いに等しい。彼らは女という肉を前にすれば、支配欲が生じるように思う。
マイクの逸脱があらわになる時、それを感じてしまうのは、私が男の支配を嫌うからだと思う。
身体が受け身であるからこそ、肉体は譲っても精神への侵食は許したくはない。
スーザンも男を選りながら、そんな思いもなきにしもあらず…。
恋に恋する、マイクの一途さが胸を打つ。呆れるほどの滾りが垣間見える。若さとは…、やはり没我の深さであると感じる瞬間だが、迷いも皆無、恥も外聞も絶無というのが羨ましくもあり、恐怖も煽る。
恋は異様なほどの実行力を発揮し、マイクをマイクで失くすだけの恐ろしさが、映像のなかに漂い続ける…、結果この熱量は終わりまで決して衰えない。
マイクの行動は、現代でいうところのストーカー行為そのもの。しかしマイクには、スーザンを困らせてやろうとか、彼女を陥れてやろうとか、そういう思いばかりじゃない。ただ単純に嫌なのだ。自分を見てくれない、気の無いスーザンに苛々をぶつけ、しどろもどろに訴える。
子供染みた15歳の欲望と嫉妬…、スーザンは子供のマイクに15歳以上のものを、なにも求めない。だって…、セクシャルな部分のみを見たら、なんの魅力も感じないからだろう。
街の殷賑のなかをスーザンを追い、さまようマイク。そしてストリップ小屋でふと、目が止まる。スーザンに似たストリップ嬢の看板が…、それはまさに等身大で悩ましげにポーズしている。
迷わず、奪うマイクーー。
それを職場のプールに落とし、裸で絡みつく姿は圧巻である。
"こうしているとき、貴女は僕のもの。ね?そうでしょう…"
マイクの心はある一定の水位を超え、溢れる。
そうなった時ーー、人は破滅へと向かうのだろうか。
そしてここで冒頭の歌詞が…、なんとも活きてくるのだ。
"今夜僕は死ぬかもしれないーー"
まさにDeep End、二人はより、深い場所へと向かう。
2018.11.8




