こんにちは!puffです。
台風が東関東沿岸を直撃し、だらだらと停滞しながら通り抜けてゆく……
せっかくの休日が台風だなんて残念ですが、お天気だと出来ることを雨だから止めよう、こうもなるという。

●マイ.プライベート.アイダホ(My Own Private Idaho)


鬼才ガス.ヴァン.サントの長編映画第2作。ストリート.キッズのマイク(リバー.フェニックス)は、ポートランドの街角に立ち体を売って日々を暮らしていた。彼には、緊張すると眠ってしまうという奇病がある。そんなマイクの親友は、ポートランド市長の息子でありながら、家を飛び出し、やはり男娼をして生きているスコット(キアヌ.リーヴス)。ある日マイクは、彼を捨てた母を捜す決意をしたスコットと共に、ある日マイクは自分を捨てた母を捜す決意をし、スコットと共に、兄リチャードが暮らす故郷アイダホへと向かう……。(Yahoo!映画より抜粋)

(この映画のくくりが青春映画だとは……、)
どうでもいいところで引っかかるのが私だったりしますが。 
映画"エレファント"の時もそうでしたが、内容は悲惨、深刻なのに映像が美しく流れてゆくのが堪らない……、どうも、夥しい憂いという波の中で、あっぷあっぷと溺れてしまう私。浸りきり、暫し我を忘れて目を瞑る。
幼少期のトラウマやストレスで、厄介な発作に襲われるマイク。マイクのみが強制的に眠らされ、周囲は当然のように溢れ、流されて行く。
(時も止まればいいのになぁ……)
こんな風に思ってしまうのは私だけだろうか。
時は止まらない、必ず流れて行くのだけれど……

マイクとスコットを取り巻く人々がとても個性的。少年たちが中心の映画ですが、さまざまな大人が色を添えている。
興味深い人物がボブ。
浮浪児の親玉で、ボブ自身も浮浪者。彼はいわば……、無宿者たちの"父親"みたいな存在です。
(いたなぁ、こんな人……、感慨に耽る私。年齢的にもボブと見合うからだろうか。以前の私だったら、今のようにボブの存在に目がとまったかどうかは疑問。今だからこそ彼の存在に惹かれるのだなぁと考えれば、歳をとるのも悪くないのだ)
その他大勢のストリート.チルドレンを演じたのは、俳優ではない無名の人々だったりする。演技者でない人が伝える生々しさが、時に痛く、時に切ない。
旅から旅へ。マイクの母親探しに奮闘しながらも、そのなかで生まれる愛と別れ。
そして旅立ち。スコットはイタリアで出会った少女と恋に落ち、マイクと袂を別つ。
しかしこの時に、本当に断ち切れたかな……

ボブの葬儀中、マイクはスコットを見ている。
スコットも見る……

二人の溝が決定的に深まったのは、"ボブの死"を境にして、かなぁ。
このボブのお葬式がとても良かった。私もこんなのがいい。なんていうのかなぁ……、ボブをとても尊重していて、温もりのあるお葬式なの。
この時、スコットは自分の父親の葬儀中。しかも、隣り合わせでボブのお葬式を見ていたんです。
この時、スコットはマイクをジッと見つめている。マイクもスコットを見ている……、あたかも過去を払拭したいスコットが、マイクを突き放したように見えるのだろうけれど……、私はそう、見なかった。


"ーー 長く長く続くアイダホへの一本道と、その傍にひとり佇むマイクがいる。すると例の発作がマイクを襲った。
アイダホの、この道を見ると必ずマイクの時が止まるのだ。身ぐるみ剥がされ盗難に遭ったマイク。まだまだ眠ったまま。
すると一台の車が走り寄る。眠りこけたマイクを乗せ……、また、一本道を行くのであった。"

マイクの旅は、まだまだ終わらない。
だけど、独りじゃない……、これに涙した私です。
辛いことも楽しいことも、涙も笑いも、怒りも悲しみも、誰かが隣にいたらいいね。
みんな、きっと、隣には誰かがいるよ。大切にしてね。それこそ、なにものにも代え難いものだから。

虹🌈が出ていた。みんなにお裾分け。


2018.8.9