こんにちは!puffです。
某サイト内で映画のコミュニティに参加しておりますが、みなさん、ほんとうにたくさん映画を見ていらっしゃる。劇場で、ご自宅で……、私はもっぱらレンタル組ですが、今日はお休みだったのでつい最近、話題になっていた《マザー!》を見ることに。



日本では未公開であったようですが、賛否両論であるとの前情報。できればナシで真っ新な状態のまま見たいと考え、ゆっくりと時間を取った。
なるほどなるほど……、日常か。などと安易に構えていたらとんでもない。展開するにつれ、そこは非日常へと誘われて行くのだった。

●穏やかな日々が少しずつなにかに侵されていく

身近にもある。大したことじゃないだろう、のんびりと構えていたら、取り返しのつかないことに……、しかし、状況下に置かれて初めて、あぁ、あの時のこと?こんな風に気づくのが人間か。
いやいや、私なんかの場合はこうだな。やらなくちゃ、やらなくちゃと思いながらも後回しにしてしまう。先に先にと嫌なことを伸ばし、楽しいことばかりをやってしまう。気づいたらてんこ盛りな宿題の山積みが……。
あぁ……、あの時やっておけば良かったなぁ。それからが大変で、帳尻を合わせるのに四苦八苦という。
メルヘン.レベルだとウサギと亀、浦島太郎。人生レベルだと親鸞の、"明日ありと思う心のあだ桜、夜半に嵐の吹かぬものかは"これが思い浮かぶ。
宗教レベルだと?……黙示録?雅歌?
てな具合に、小さな頭脳がパンク寸前に。
この映画の進行も、なんだか難しい。
映画は全編を通じてメタファーだらけの物語であり、もしかして?なにかの暗示?なにかの喩え?こう考えてばかりだと辛いかもしれない。
まずはゆったりと映画に全てを委ねてしまうのがいいかもしれない。
視点を追いながら、思考も同時進行で流れて行く。監督も言ってますが( 奇才ダーレン・アロノフスキー監督)主人公の二人、夫婦の目線を大事にしたといいます。この視点を重視した撮影方法、捉え方が功を成したのか、私は途中、脇目も振らず注視しながら最後まで見届けることが出来ました。そして、最終的には非常に明快な納得のいく作品だということに気づかされ、愕然とする映画でありました。

……静かな森のなかの一軒家、詩人の夫と妻は大きな邸に二人で暮らしている。妻は家の内装に夢中でして、住みやすい環境を拵えて詩人の夫に大作を産みだして欲しいと考えている。(夫はちょっぴりスランプ気味)仕事がなかなか思うように捗らず、悩んでいるご様子。
文豪であった過去が彼の重荷になってるのじゃないかしら……、私などは規模の小さな人間ですから、こんなことをついつい、考えてしまう。表面では優しい夫として振る舞う彼がなんだか怖い。実は内面的に深く追い詰められており、どこかしらピリピリした状態であるのは確かなんだけれど……。
そんな夫婦の元に、とある男が訪ねてくる。そして妻だという女が登場。
私たち、事情があって家がないという……、え?妻は驚くが夫はやすやすと受け入れてしまう。
受け入れ難い妻と寛容な夫。しかし妻が折れた。そして奇妙な共同生活が始まっていく。またその、後入りの妻がかなりのバイオレンス。いやーな中年女性代表みたいであり、主人公のプライベートにまでザクザクと切り込みを入れて行く。

そんなこんなで、この後入り夫婦の奇妙さと、異常な寛容さを秘めた詩人の夫に訝しみながら、受容型の純粋無垢な妻へと一気に同情を示す私は、やはり女だからでしょうか。
強引なまでに囁かれる"愛してる"という夫の言葉が、何故か鼻に付く……。そしてそこへ闖入者が。その後入り夫婦の子供、兄弟が二人、いきなり訪れてくるのだった。

●破壊劇の始まりから終末へ。

こうしてあっというまに家内がめちゃくちゃに。
兄弟は喧嘩の果てに(財産問題)殺人事件へと発展し、他人であるのに葬式までもがこの"家"ハウスで行われる。そして妻は妊娠するのですが、出産も家……、ハウスで行われるという。
嫌な感じです。ホラーであることは確かですが、映画を見ながら最終まで突き進むと、この映画の規模は自分が思うほど小さくはないのだということに気づく。……地球と神と人、この三つ巴に付加するのは宗教なのではと気付いて行く。
うわぁ、なんだかなぁ……、非常に考えさせられてしまう。映像を神と人、宗教に当てはめていくというかなりのスケールの大きさに脱帽です。さすが……奇才。数々の理不尽さに怒りがこみ上げるのは当然ですが、地球規模の懐が実に深すぎることに、慄くように怖い。悠長に構えていたら……、こう考えると背筋が寒くなると同時に、今の自分を先ずは省みねばと焦る私。
うーむ。濃ゆい午後となりました。油断大敵、映画を舐めてはいけなかった。

先ずは静かに大きく息を吐いてみよう。
そしてぐるりを見渡そう。警笛は鳴り響いている、しかし始まりのサインは必ず聞いたはず。自分も加担しているのだということに先ずは気づかなくちゃならない。

"過ちて改めざる是を過ちという"
論語より。